劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通の乗り方じゃ無理だしな


水中乗艦

 深雪からの問いかけに、達也は答えを濁すことなく正直に話す。

 

「今のところパラサイトの痕跡は発見できない」

 

 

 達也が苦い表情を浮かべているのは、深雪の不安を完全に取り除くことができない自分を不甲斐ないと感じているからだ。

 

「それは私もです。しかしパラサイトに関しては……」

 

「……自らパラサイトになり、しかも自我を保っている光宣は、パラサイトに関して俺たちより遥かに多くの知識とノウハウを持っている。あいつが本人の同意もなく水波にパラサイトを取り憑かせるとは思えない、いや、思いたくないが、水波の魔法演算領域を不活性化するのに俺たちの知らないパラサイト絡みの技術を使っている可能性は否定しきれない」

 

「達也様の『眼』でも分かりませんか?」

 

「残念だが、俺の『精霊の眼』は精神の領域に届かない」

 

「そう、ですね……失礼しました」

 

 

 達也の視力が霊子情報体の構造を認識できないことは、深雪も重々理解していた。ただ、魔法であれば精神に干渉するにも想子情報体を介して行う。達也はそれを視ることで、精神干渉系魔法をも視認し、分析し、分解する。だからもしかしたら、光宣の「魔法」も達也ならば見抜けるのではないかと深雪は考えたのだった。

 

「いや、お前の気持ちはよく分かる。水波の状態を懸念しているのは、俺も同じだ」

 

「いったいどうすれば……」

 

 

 暗い表情で俯く深雪。何か手立てが無いか、知恵を振り絞っているのが傍目にも分かる。そうしている間もエアカーに作用するステルス魔法を揺るぎなく維持しているのは、さすがと言えよう。五分ほどその状態が続いた後、深雪の口から「そうだ……」という呟きが漏れた。

 

「八雲先生なら光宣君が何をしたのか、お分かりではないでしょうか」

 

「そうだな……頼んでみるか」

 

 

 精神干渉系魔法の専門化なら四葉家にもいる。いや、その成り立ちからして十師族の中で質・量ともに最も多く精神干渉系魔法の遣い手を抱えているのが四葉家だ。それなのにこの場で、例えば津久葉家の名が上がらなかったのは、二人が四葉家よりも八雲を信用している、というより今でも四葉家を信用しきれていない証だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海中から海底方向へまっすぐ進んだリーナは、『バージニア』の所へ迷わずたどり着いた。――軍事に関する限り、彼女はそれほどドジを踏まない。

 リーナは艦体上部に除いているワイヤーアンテナの先端を掴み、艦内との有線通信接続を確立する。

 

「バージニア、こちら特務作戦軍魔法師部隊スターズのアンジー・シリウス少佐・乗船許可を願いたい」

 

 

 本来であればリーナは既に退役しているので、この名は相応しくないだろう。だがあくまでも今はUSNAの魔法師としてこの場にやってきているので、この名を名乗るのが当然だとリーナは考えたのだ。信じてもらえないだろうと思っていたリーナの予想に反して、応えはすぐに返って来た。

 

『こちら太平洋艦隊バージニア艦長マイケル・カーティス大佐だ。貴官の乗艦を認める。素顔で入ってきてもらいたい』

 

 

 返信を寄越したのが艦長直々というのも予想外なら、偽装魔法を解いて入ってこいという指示も意外だった。

 

『アンジー・シリウスがこんな所にいるはずないからな。心配しなくてもクルーには、スターズ総隊長を名乗る四葉家のエージェントがやって来ると伝えてある』

 

 

 しかし理由を説明されれば納得できた。

 

「了解」

 

 

 リーナはアンテナから手を離して接続を切り、艦体後部に回り込む。彼女は高部魚雷発射管を改造した水中乗降路に侵入した。

 エアロックになっている二重ハッチを通り抜けたリーナは、出迎えの列に見えるカノープスの姿に、クルーに敬礼するのもヘルメットを脱ぐのも忘れて声をあげてしまう。

 

「ベン! よく無事で……!」

 

「リーナ、貴女こそ」

 

 

 カノープスが「総隊長」と呼ばなかったのは艦長が語った「設定」を遵守しているからだ。不自然さが一切ないのは演技力の有無ももちろんあるだろうが、リーナに対し「総隊長」ではなくティーンの少女として接することにカノープスが慣れていたのが大きい。彼にはリーナより二歳年下の娘がいる。だからだろう、『シリウス』に課せられた暗殺任務に苦悩するリーナを放っておけず何かと世話を焼いていた。

 そんなカノープスに、リーナも精神的に依存していた面がある。彼女がカノープスの境遇を特別気に掛けていたのはその為だ。感動の再会を見守る原潜クルーはそうした事情を知らなかったが、彼らの眼差しは好意的なものだった。

 周囲から注がれる生温かい視線に気付いて、リーナは今更のように姿勢を正しヘルメットのシールドを上げた状態で敬礼する。クルーの答礼を受けて、彼女はヘルメットを脱いだ。ヘルメットの中に押し込められていた長い髪が流れ落ち、クルーの間からは感嘆のため息が漏れる。一口に金髪といっても、リーナの物ほど純金に近い輝きを持つ髪は珍しい。その煌めきに縁取られている顔も稀有の美貌だ。口笛が聞こえなかっただけ、抑制が効いているのだろう。

 クルーたちの反応はリーナにとって慣れたものだった。彼女は特に気にした素振りもなく、カノープスに対し「艦長にご挨拶したいのですが」とリクエストした。

 

「リーナ、ついてきてください」

 

 

 カノープスは丁寧過ぎない口調で応え、リーナを先導してCICに足を向けた。




感動の再会

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