劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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情報収集はこの人ですから


貢からの報告

 二十七日午後。四葉本家ではティータイムに黒羽貢を客として迎えていた。

 

「それで貢さん、直接報告したいことって何かしら」

 

「通信でも良かったのかもしれませんが、偶には麗しきご尊顔を直接拝見したいと存じまして」

 

 

 真夜の問いかけに、貢は表面上恐縮している顔で前口上を述べた。

 

「そういうのは良いですから」

 

 

 真夜の反応は、あいにくと素っ気ない。貢は風向きが悪いと判断して、態度を真面目なものに改めた。

 

「陸軍の倉知少尉から昨日、一報がありました」

 

「倉知さん? 確か、陸軍参謀部に務めている子だったわよね?」

 

「ええ、そうです。去年任官したばかりの新米ですが、上官の評価は高いようです」

 

 

 二人が話題にしている倉知少尉は、黒羽家が防衛大経由で国防軍に送り込んだ女性士官だ。いきなり参謀部に配属されるのは異例と言えるが、黒羽家、そして四葉本家で情報員として子供の頃からエリート教育を施された下地を考えれば、それ程不思議ではないかもしれない。

 

「どんなお話だったのかしら」

 

「佐伯少将が、大友参謀本部の許へ面会に来まして。巳焼島に軍の部隊を置くべきだと主張したとのことです」

 

「なるほど……佐伯閣下はあの島が欲しいようですね」

 

 

 真夜の推測に、貢は笑顔で頷く。貢の笑みは、佐伯に向けた嘲笑だった。

 

「守備隊駐留という建前で、巳焼島を施設ごと接収したいのではないでしょうか。正規軍以外の兵力は認められない、とか理由を付けていましたが、本音は民間人に功を奪われるのが面白くないのでしょう」

 

「貢さん、そんなことを言うものではないわ。シビリアンコントロールに従わない常設兵力の存在を許さないと言うのは、建前としては正しいのですから」

 

 

 貢をたしなめる真夜の顔にも、人の悪い微笑みが浮かんでいる。

 

「――もっとも、民間人にだって自衛の権利はあるのですけど」

 

 

 真夜はそう付け加えて、ティーカップを優雅に口元に運んだ。

 

「それで、如何致しましょうか」

 

 

 薄笑いを消して、シリアスな口調で問う貢に、真夜は軽く目を見張った。

 

「あら、珍しい。達也さん絡みの案件で、貢さんがそんなにやる気を見せるなんて」

 

 

 からかうように、ではなく本気で意外感を示す真夜の反応に、貢は軽く顔を顰めた。

 

「恒星炉事業は最早彼だけのものではありません。成功すれば、四葉家に大きな利益をもたらす一大プロジェクトです。妨害は排除すべきで、そこに私情を差し挟む余地はありません」

 

「そうですね。相手は国防軍です。仲間割れしている場合ではありません。貢さんがそれを理解してくれていてよかったわ」

 

 

 真夜の唇は薄らと笑みを浮かべたままだが、彼女の双眸は念を押すように、釘をさすように強い光を放っていた。貢は真夜の眼差しから逃れるように、座ったまま頭を下げて了解の意を示した。

 

「例の件、どこまで進んでいますか」

 

 

 目を伏せたままの貢に、真夜が問いかける。貢は顔を上げて、自信の滲む表情で真夜の質問に答えた。

 

「証拠は揃いました。何時でも仕掛けられます」

 

「では来週、蘇我閣下のご都合が良い時にお目に掛かるとしましょう。葉山さん、閣下のご予定をうかがっておいてもらえるかしら」

 

 

 『蘇我閣下』というのは、国防陸軍総司令官・蘇我大将のことだ。真夜の斜め後ろに控えていた葉山は「かしこまりました。直ちにお調べします」と応えて、背後の扉から出ていった。

 葉山の気配が完全に部屋から遠ざかったのを確認して、真夜は視線を貢に戻す。貢はまだ何かあるのだろうかと思い首を傾げたい衝動に駆られたが、真夜の前でそのような仕草は失礼にあたると考え、視線で真夜に問いかけた。

 

「貢さんは達也さんの事情を知っていたはずよね。なのにまだ達也さんを受け容れられないのかしら? 娘の亜夜子ちゃんだって達也さんの婚約者の一人なのだし、いい加減受け入れてもいいと思うのだけど」

 

「達也くんの実力は認めていますし、周公瑾にやられた腕を治してもらった恩もありますので、表立っては反対しません。ましてや真夜様がお決めになったこと、分家当主如きが異を唱えるなどありえないことです。ですが、長年ガーディアンとしてしか見ていなかった達也くんを次期当主として敬えなど、私以外の人間もそう簡単に受け入れられません」

 

「そうね……姉さんは深雪さんを次期当主として育てていましたし、達也さんが私の息子だということも隠していましたからね。ですが、もう半年以上経つのですから、そろそろ受け入れても良い頃ではありませんか? その所為で私は、息子自慢もできないのですから」

 

「御当主……私の前では兎も角、他の分家当主の前では堪えていただけないでしょうか? あのような態度の御当主を、他の当主たちは知りませんので……」

 

 

 真夜が箍が外れるとキャラがおかしくなることを知っている分家当主は、貢以外にいない。津久葉家当主は何となく察しているようだが、他の分家当主は真夜の真面目な雰囲気しか知らない。なので貢が達也のことを認めたら、真夜が他の分家当主の前でも達也の自慢をし始めるかもしれないと考え、真夜の威厳を保つためにも達也のことは当分認められないと、貢は真夜が考えている以外の理由で達也のことを認めていないのだった。




真夜さんの化けの皮が……

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