達也の動きを観察していた十文字家当主・十文字克人は、達也が巳焼島で本当に入院しているのか調べ上げ、真相を知っているであろう七草家令嬢・七草真由美を呼び出していた。
「十文字くんから呼び出しなんて、また何か物騒なことで起きるのかしら?」
克人の呼び出しに対して明るく振る舞ってみた真由美ではあるが、克人の表情は変わらない。相変わらず難しい表情を浮かべている克人を見て、真由美も表情を改めて克人の正面に腰を下ろした。そのタイミングで、克人が遮音フィールドを展開したのを見て、真由美は周りには聞かれたくない話なのだと理解し、考えて発言しようと心に決めた。
「司波は何処にいる」
「深雪さん? 深雪さんなら巳焼島に――」
「妹の方ではない」
「………」
克人は達也のことも深雪のことも「司波」と呼ぶので、深雪のことで誤魔化そうとした真由美だったが、ハッキリと言われてしまいそれは叶わなくなってしまう。真由美は一度居住まいを正してから、真っ直ぐに克人を見詰めた。
「それを聞いて、十文字くんは何をするつもり?」
真由美の発言は、達也が巳焼島にはいないと言っているのと同義だが、これは確認しなければいけないことだと彼女の中で決まっているらしい。克人は真由美の発言が聞きたかった答えだと理解しながら、真由美の問いに答える。
「先日USNAの基地が何者かに襲われて陥落した、という情報が入ってきた。情報収集がそれ程得意ではない我が家でも耳に入ってくるくらいだ。七草なら知っているな」
確認の形をとっているが、克人は真由美がそのことを知っているものとして話を続ける。
「USNAは頑なに発表しないようだが、USNAの基地が日本人魔法師と思われる何者かに襲撃され、収容されていた三人の軍人が脱獄、囚人としてその場に居合わせたイリーガルMAP・コールサック分隊の十名の死亡が確認されている」
「それが?」
「さらに、USNA領海で未知の飛行物体が確認されている。恐らくは飛行魔法術式を使った移動手段なのだろうが、USNAはおろか日本でもそのような乗り物は発表されていない。ましてや飛行魔法を長時間使用できる魔法師など、世界中を探しても限られてくるだろう」
「………」
「加えて、九島光宣がUSNAに逃亡したとの情報も掴んでいる。そのことを知り得る立場にあり、USNA軍の基地を一人で陥落させ、飛行魔法を使いこなす魔法師など、この世に一人しかいないだろう」
「そうかしら? 私たちが知らないだけで、他にもいるかもしれないじゃない」
苦し紛れだということは真由美も分かっている。だがここで認めてしまうわけにはいかないのだ。真夜が克人に話すならまだ分かるが、一婚約者でしかない自分がそのことを話せば、達也に不利益が被るかもしれないのだから。
「あくまでお前の口から言うつもりがないのなら、四葉殿に取り次いでもらえないだろうか」
「私が? ウチと四葉家の関係は十文字くんだって知っているわよね? もしかして私が達也くんの婚約者だからとか言ってるの? そもそも私だって簡単に四葉殿に連絡を取れる立場にはないのよ?」
「だが四葉の従者になら取り告げるのではないか? そこから四葉殿につないでもらえばそれで構わない」
「……ちょっと待ってて頂戴」
そう言って真由美は席を立ち、深雪に電話を掛ける。
『はい、どうか致しましたか、七草先輩?』
「今十文字くんと一緒なんだけど、彼……達也くんが巳焼島にいないことも、USNAで一暴れしたことも掴んでるみたい。もちろん、確証はないでしょうけども、確信してるみたいなのよ……さすがに私の口から言うわけにもいかないし、四葉殿に確認してもらえないかしら? 彼、直接尋ねたいみたいなの」
『叔母様に直接……ですか』
深雪も少し逡巡しているが、すぐに何かを決意したように真由美の申し出を受け容れ、折り返すとだけ言い電話を切る。
それからしばらくして、真由美の端末に知らない番号からの着信が入り、真由美は首を傾げながらも電をに出た。
「はい……」
『七草真由美様の端末でお間違いないでしょうか? 私、四葉家執事の葉山と申します』
「四葉の筆頭執事……」
葉山の名前は真由美ももちろん知っている。四葉家での出来事は全てこの男が裏で糸を引いているのではないかと言われるくらいの人物だ。
『先ほど深雪様からお話はお伺いしました。真夜様に確認したところ、明日の午後でしたらお時間が取れるとのことですので、七草様同伴で十文字様を四葉の東京での拠点であるマンションへお連れ頂けないでしょうか?』
「東京の拠点というと、深雪さんたちが生活しているあのビルでしょうか?」
『その通りでございます。何でしたら、こちらで迎えの車を用意いたしますので、十文字様と別の場所で待ち合わせていただいても構いませぬが』
「……いえ、私が十文字くんをそちらまで連れていきます」
『かしこまりました。では明日』
思いがけない展開に動揺を隠しきれない真由美ではあったが、葉山からの伝言を克人に伝える為に席に戻る。明らかに動揺している真由美を見て、克人も不審がるが、真由美から告げられた内容を聞き、真由美の態度に納得した。
「それでは明日」
「ええ。場所はここでいいかしら?」
「構わない」
とりあえず克人と別れ、真由美は今から緊張してしまっている自分を無理矢理落ち着かせる為に、少し遠回りして新居へと戻ったのだった。
さすがの真由美も葉山にはビビるか……