自分が持っている情報網を最大限に使用しても、九島光宣の行き先はおろか現在地すら掴めなかったことは、少なからず香蓮に自信喪失させていた。
「(国防軍や十師族が必死になって探しても見付けられなかったんだから、私程度が見つけ出せるわけ無いと分かっていたのですが……)」
それでも情報が一つも入ってこなかった結果は、やはり愛梨たちの参謀役としてのプライドに傷を付けるものである。
「(達也様ですら苦戦していたのですから、私や国防軍が情報を得られないのは当然であり、何故掴めると思っていたのか疑わしいくらいなのだから、ショックを受けるだけ無駄なのでしょうが……愛梨から期待されていたのにこの結果はやはり……)」
そう落ち込んでいたところに達也が事故に巻き込まれたというニュースが飛び込んできて、香蓮の気持ちはますます沈んでいった。
事故の件は四葉家のパフォーマンスであったと知らされとりあえずは平穏を取り戻したのだが、その裏事情を聞き不安は膨れ上がっていた。
「(攫われた水波さんを九島光宣の手から取り戻すべく、USNAの基地を襲撃するだなんて……いくら達也様でも無謀なのでは)」
達也の力なら、基地を破壊することは容易い。そのことは香蓮も理解しているが、あまり事を大きくしては後々問題が残ってくる。その問題を最小限にとどめるにはどうすれば良いのか、香蓮では想像もつかなかった。
「(達也様のことだから、勝算があってのことなのでしょうが、そのお考えを理解できる人間は多くないでしょうから、結局は達也様が苦労される未来しかこないかもしれませんね……)」
達也の考えを理解してくれる人間ばかりならば、巳焼島に引き篭もる必要などなかっただろう。達也の考えを少しでも理解しようとする人間がいれば、メディアも達也のことをここまで追求したりはしなかっただろう。だがそのどちらでもなく、達也の考えを理解しようとせず、また理解できないと決めつけて、耳障りの良いディオーネー計画に賛同する人間が多くいるのだろうと、香蓮は現状の世論をそう分析して嘆かわしく思っている。
「(ディオーネー計画の方は何とかなっているようですが、まだ諦めていない様子。このままエドワード・クラークが何も仕掛けてこないとは思えませんね)」
達也がベゾブラゾフをとりあえず無力化したことは香蓮も掴んでいるので、当面注意すべき相手はエドワード・クラーク一人だと考えている。だが香蓮ではクラークの動向を掴むことができても、それを阻止するだけの力がない。香蓮はせめて、達也が日本に戻ってくるまでクラークが大人しくしてくれるよう祈るのだった。
達也が水波を伴って日本に帰還し、一高校長に事情を説明する為にこちらに戻ってきている間に、香蓮は自分が掴んでいる情報を達也に伝える。
「――以上です。国防軍内では巳焼島に小隊を配置すべきだという動きが活発化しており、それを扇動しているのは一〇一旅団の佐伯少将です」
「やはりな。あの人は俺のことが気に入らないようだから、何としてでも俺の自由を封じ込めたいのだろう」
「旅団を預かる人間が、私怨で動いて良いのでしょうか? いくら四葉家の人間とはいえ、民間人である達也様を目の敵にしているなどと知られれば、今後の人生に影響が出ると考えるのが普通だと思うのですが」
「あの人は俺が戦略級魔法師であるということも知っているし、その気になれば国の一つや二つ平気で滅ぼすということも知っているからな。最強の切り札だと位置づけていた俺が自分の手から離れるのが気に入らないんだろう」
「ですが、達也様は正式な軍人ではないのですから、いずれ自分の手から離れると思っていても不思議ではないはずですが」
「一条将輝という新しい戦略級魔法師を手に入れたのと引き換えに、俺を手放すと考えれば少しは落ち着けたのかもしれないが、一条はあくまでも国家公認戦略級魔法師。佐伯少将個人の戦力ではないからな」
「達也様の御力も、佐伯少将個人の戦力ではないと思うのですが」
「俺はあくまでも独立魔装大隊の特務士官だったからな。国防軍の戦力というよりは、佐伯少将旗下の戦力という傾向があったからだろう」
「そういう事情もあったのですね……認識不足でした」
香蓮は自分の力が大したものではないと自覚しているが、それでも自分の無力さを痛感した。佐伯の考え方を理解する為には、もう少し情報を集める必要があったと思い知らされた。
「まぁ、佐伯少将も近い内に力を失うことになるだろうから、香蓮が気にする必要はない」
「どういうことでしょうか?」
「調べてみればいいだろ。まぁ、調べる必要もなく、すぐに答えは分かるだろうがな」
「気になります……ですが、達也様や四葉家の方々がそう仰るのでしたら、佐伯少将のことは気にしなくても良いのでしょうね」
自分の力と四葉家、また達也個人の力を比べるなどおこがましいと香蓮は自覚しており、達也が言うのであればそうなのだろうと素直に受け入れられる。
「では、佐伯少将に使うはずだった時間は、達也様に甘える為に使うとしましょう」
そう宣言して香蓮は早速達也の腕を自分の腰に回し、暫くの間密着して悦に浸ったのだった。
これくらいのご褒美は許されるべき