深雪と連絡を取った愛梨から、達也の状況を聞き、栞は自室のベッドに身体を投げ出しほっと一息ついていた。それだけ達也が巻き込まれた事故は衝撃的であり、血塗れの達也の姿は栞の心に小さくないダメージを与えていたのだ。
普段表に感情を出すことが少ない自分が動揺していたことで、ますます愛梨たちの不安を増長させていたと自覚しているだけに、達也が無事だと分かり四人の中で一番ほっとしているのかもしれない。
「達也さんなら大丈夫だって思っている中にも、もしかしたらって気持ちがあったから、達也さんの無事を確認できて良かった」
水波が光宣に連れ去れたことは聞いているし、その追跡の為に多くの人員が割かれていることも知っていたが、誰一人光宣にたどり着けないなど思っていなかったので、その点は自分が光宣の能力を精確に把握できていなかったと反省するきっかけになった。
「九島光宣の力は相当なものだって知っていたのに……パラサイト化してその能力がどれ程向上してのかは考慮してなかった……常に冷静さを心掛けているつもりだったのに、あれだけの人数がいれば見つけられると思っていたのかもしれない」
実際に光宣を見つけることができたのは、達也を除けば二人だけ。光宣の父親である九島真言と忍術使いとして名を馳せている九重八雲だ。国防軍や十文字家の人間は光宣を見つけるどころか、彼の魔法の痕跡すら発見できなかったのだ。
「やっぱり、達也さんの『眼』は特別なんだろうな……でも、相手もその『眼』を持っていたからこそ、達也さんでも見つけ出すのに苦労したということなんだろうな」
精霊の眼が達也のみのスキルではないことは分かっていたが、まさか敵も使えるなど想定外も良いところだ。それが光宣追跡が難航した原因なのだろうと、栞は自分なりに解釈している。
実際は光宣が編み出した魔法をすり抜けるのに時間が掛かってしまったり、実力者たちからの妨害があったから日本で光宣を捕縛することができなかったのだが、その裏事情は栞の耳には入っていない。
「とりあえず、マスコミたちが大人しくしている間に決着がつくと良いんだけどな……」
実際に巳焼島を訪れたわけでは無いが、栞は巳焼島の現状を何となく把握している。トーラス・シルバーの片割れであり、国家プロジェクトとして稼働しても不思議ではない研究の総責任者、加えて新戦略級魔法の共同開発者が襲撃されたとなれば、魔法に興味が薄い人間でも続報が気になるだろう。その情報をつかめれば、他社との差が明白になることも。その結果四六時中島にマスコミが貼り付いていても不思議ではないと、マスメディアに詳しくない栞でも容易に想像でき、実際そのようになっているのだった。
マスコミが大騒ぎする前に達也が日本に帰って来たとの連絡を受け、栞はほっとするより先に納得してしまった。
「さすが達也さん。想像していた数倍も早く事を片付けたみたい」
栞は早くてももう二、三日は掛かると思っていたのだが、密出国してまさか一週間もかからずに帰ってくるとは思っていなかったのだ。それは他の婚約者たちも同様のようで、一様にさすがは達也だと感心している様子があちこちで見られている。
「達也さん、お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」
達也は今、一高へ無事の報告に訪れた帰りに新居に顔を出しており、一人数分ではあるが個人面談の時間を設けていた。栞の順番は後ろから数えた方が早いくらいだったが、それでも落ち着いて話せているのは、もともとの性格も多分にあるだろう。
「事故のニュースを視た時はさすがに慌てたけど、事情を聞けば納得できた。それで、九島光宣とは決着がついたの?」
「いや、そちらはまだだ。だが水波は取り戻せたから、これ以上こちらから光宣を追跡する必要は無い。無論、向こうが攻め込んでくるつもりなら、容赦はしないが」
「達也さんが相手にする必要はあるの? 九島光宣は九島烈を殺した、いわば魔法界の敵。達也さん個人が相手にする必要は無いと思う」
実際九島烈を慕っていた魔法師で構成されていた『抜刀隊』が血眼になって九島光宣を探していたくらいなので、達也が光宣を相手にする必要性は感じられないと考えていたのだが、達也は左右に首を振り事情を説明する。
「具体的なことは言えないが、パラサイトを本当の意味で消滅させられるのは、今のところ俺一人だ。光宣がパラサイトと同化している以上、俺が相手をするしかない」
「パラサイトを、消滅? 封印じゃなくて本当にパラサイトを無力化できるということ?」
「具体的な説明は長くなるので省略するが、この世界に留まれなくするので、消滅させると表現している」
「そんな魔法、聞いたことも考えたこともない……さすがは達也さん」
自分では一生かかってもそのような魔法を思いつくことはなかっただろうと、栞は達也の凄さを改めて認識し、その相手が自分の婚約者であることが嬉しくなった。栞に宛がわれた時間は残り僅かだったが、その時間の全てを使い、栞は嬉しさを爆発させ達也に抱き着いていたのだった。
さすが達也で終わる凄さ