劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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コイツは救いようは無いな……


襲撃未遂

 ロボ研のガレージにやってきた達也を出迎えてくれた人影があった。黒を基調とした膝下十センチのバルーンスリーブワンピースにフリルのついた白いエプロン。白のストッキングに黒のローファー、頭にはこれまたフリルのついたホワイトブリムといった格好の少女だった。

 

「お帰りなさいませ」

 

「(いい趣味してるよ、まったく……)一年E組司波達也」

 

 

 苦笑いを浮かべながら達也は短く名乗った。顔認証と声紋認証により達也は漸くこの部屋のセキュリティをパスした事になるのだ。

 

「コーヒーをご用意・致します」

 

 

 少しぎこちない口調と動作。だかそれは注意して観察しなければ気にならない程度のものだ。彼女の名前は「3HタイプP94」、ロボ研では型番を縮めて「ピクシー」と呼ばれている。

 通常3Hの外見は二十代後半の女性に設定されるのだが、この個体は校内で違和感を少なくする為に十代後半の外見に設定されている。

 達也がコンソールデスクの前に座り、端末を立ち上げたところでサイドテーブルにコトリと小さな音を立ててコーヒーカップが置かれた。

 

「ピクシー、サスペンドモードで待機」

 

 

 コーヒーをサイドテーブルに戻して、達也は背後に控える3Hにそう命じた。ロボットと分かっていてもここまで人間そっくりに作られている物が背後に立ってると落ち着かないのだ。

 

「かしこまりました」

 

 

 こういった定型文句の発音はスムーズだ。ピクシーは滑らかな動作で一礼して入り口脇の椅子に腰を下ろして背筋をピンと伸ばして微動だにしなくなった。

 達也が今行っているのは魔法式の動作シュミレーション。通常の手順は、ワンステップごとに分解された魔法式を全て末発の段階で解除し、事象改変の反動の兆候を観測して意図した通りの効果が得られるかどうかを検証するのだが、達也は魔法式の動作状況を「眼」で直接観察しながらチェックを進めていたのだ。それが表面上では分からないから出来る方法であって、事情を知ってる人間が見たら達也はズルをしているのだが、彼はそんな事を気にするほど正直者ではないのだ。

 肉眼でディスプレイを見詰め、心眼で情報体次元を見詰める。作業開始から一時間が経過したころ、ふと身体に不調を感じた達也、突然睡魔が襲ってきたのだ。

 

「(根を詰めすぎたかな……)」

 

 

 そう思って深呼吸してみたが、眠気が尚更強くなった。外で一休みしようと考えて立ち上がろうとしたが、手足が重く身体が覚醒しなかった。

 それなりの訓練を受けた者なら肉体的な睡眠欲求を意思の力でコントロールすることは可能だ。何日も徹夜続きなら話は別だが、彼には不規則な生活をした覚えが無かった。

 脳裏を危険信号が貫き、自分の体調が明らかに、不自然に異常だと達也が判断するより早く、彼に自己修復術式が発動し、「眠気に囚われる前の状態」に戻った。

 

「空調システムに・異常が・発生しました。マスクを・お使いください」

 

 

 ピクシーが簡易防毒マスクを差し出している。こんなものまでよく持ってるなと思いながら達也が素直にマスクをつけると、今度は目を閉じるよう言ってきた。

 

「角膜が・汚染される・恐れがあります。手を引いて・外へ・誘導します」

 

「ピクシー、強制換気装置を作動。避難時の二次災害を警戒し、俺はここに留まる。監視モードで待機。救助の為の入室に備え排除行動は禁止とする」

 

「二次災害回避を・合理的と・認めます。強制換気装置を・作動させます」

 

 

 達也の命令に従い、ピクシーは空調システムとは別系統で設置されている強制換気システムを作動させたのだった。

 

「(便利すぎるのも善し悪しだな)」

 

 

 そんなことを考えながら、達也は様子を見に来るだろう相手を驚かせないようにマスクを外して、全身の力を抜いて椅子にもたれかかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ち人はすぐにやって来た。ガスが取り除かれた後もジッと座って待っていた達也は、足音を忍ばせて入ってきた相手にすぐ気がついたのだった。

 

「司波、寝てるのか?」

 

 

 聞き覚えのある上級生の声、達也が眠ってるのかどうかの確認なのだろうが、このタイミングで入ってきた時点で不自然なので達也はこの上級生が犯人だと決め、行動を見るために狸寝入りを決め込んだ。

 侵入者の視線がデモ機に固定されていた。端末ではなかったのはロックが掛かっているのを見て早々に諦めたのか、それとも最初から直接データを吸い出すつもりだったのか。

 達也が薄目を開けて見ているとも知らず、監視モードのピクシーに映像を記録されてるとも知らず、侵入者はサブモニター用のコネクターからハッキングツールを使って起動式のデータを吸い上げようと悪戦苦闘していた。

 そこへ不意に出入り口から掛けられた声に、侵入者がピクッと身体を震わせ慌てて振り返ったのを見て、達也は狸寝入りはここまでかと考えていた。

 

「関本さん、何をしているんですか?」

 

「千代田、どうしてここに!?」

 

「如何して? 私がここに来たのは保安システムから空調装置の異常警報を受け取ったからですが、関本さんこそ如何してここに来たんですか? それと手に持ってるものは何ですか?」

 

「バカな……警報は切ってあったはずだ……」

 

「警報を切ったとは、如何いう事ですか?」

 

 

 失言を聞き逃すはずもなく、花音はその事を追求する。関本が何も答えられずにいると、花音が再び口を開いた。

 

「この状況で黙ってるのは、自分が犯人だと自白してるようなものですよ」

 

「犯人? 僕がいったい何の犯人だって言うんだい? 冗談がきついぞ」

 

「エアコンに細工して催眠ガスを流した犯人です。産業スパイの現行犯でもありますね」

 

「失礼だぞ千代田! 僕は事故によるデータ滅失を恐れてバックアップを取っていただけだ」

 

「ハッキングツールでバックアップですか? ありえないでしょそんな事。そうよね? 司波君」

 

 

 如何やら花音は達也の狸寝入りを一目で見破っていたらしい。

 

「バカな、ガスが効いていないのか……」

 

「彼は催眠ガスで無力化されてくれるような、かわいいタマじゃありませんよ」

 

「可愛げが無いのは事実ですが……いえ、他も概ね委員長の仰る通りですよ」

 

 

 達也が苦笑いを浮かべながら答えると、花音の口調が一変した。

 

「関本勲、CADを外して床に置きなさい」

 

 

 犯罪者に対する投降勧告。それに対する関本の答えは起動式の展開だった。

 

「千代田!」

 

「……カッコつけ過ぎなんですよ、関本さんは」

 

 

 関本の魔法は不発に終わり、床を媒体とした花音の振動系魔法によって意識を刈り取られたのだった。

 風紀委員と部活連の応援が駆けつけ、関本は生徒指導室へと連行されていった。その間達也は一切手出しも口出しもしなかった。花音たち全員を見送ってから、達也は待機状態のピクシーに声を掛けた。

 

「監視モードを解除。命令時点から現在までの映像と音声データをメモリーキューブに記録した後マスターファイルを破棄しろ」

 

「かしこまりました。データを・メモリーキューブに・複写します。……複写完了。マスターファイルを・完全削除・します」

 

 

 本来ならマスター権限は無いのだが、今の一幕の動画データは達也の命令によって記録されたものであり、達也が記録ファイルのオーナー権限者なのだ。その権限を使いメモリーキューブに複写させ、元のファイルを完全に削除させたのだ。

 花音にも存在を知らせなかった証拠映像が記録されたメモリーキューブを上着のポケットにしまって、達也は再度ピクシーに待機を命じたのだった。




よくよく考えれば、モブ崎以上のモブだな……

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