自分で頼んでおきながら、リーナは達也がカノープスを助け出してくれるとは思っていなかった。だが水波が光宣に攫われUSNAに逃げ、その足を得る代わりにカノープスを救出しろという依頼を受けたと聞き、まさか自分が願った通りにことが進むなんてと驚いたのだった。
そして達也はリーナの希望通りにカノープスをミッドウェー監獄から脱獄させた。しかも監獄全てを消し去るのではなく、死者も最低限に抑えての結果だと聞かされ、改めて達也の規格外の強さを思い知ったのだ。
「リーナ、そんなに達也様のことを見詰めてどうしたの?」
「深雪……どうやったら加減してミッドウェー監獄を陥落させられるのかと思っただけよ」
「達也様の実力は、リーナだって知っているでしょう? 達也様ならそれくらい簡単にできるわよ」
「そう言い切れる深雪も凄いけども、実際に結果を残してるんだもんね……どうして達也と敵対しようと思っていたのか分からないくらい思い知らされていたけども、改めて客観的に達也が動いた結果を見ると、世界中の誰も達也に敵わないんだなって実感するのよ」
「それが分かってるだけでも、リーナはマシな方よ。達也様の御力を認められない連中が、世界中にまだまだいるのだから」
深雪は具体的な名前を出していないが、彼女が誰を意図してそのようなことを言っているのかは、リーナにも理解出来ている。
「それじゃあ私は水波ちゃんを先生のところに連れていくから、リーナは達也様が無理をしないように見張っておいてね」
「無理? 別に達也は傷を負ったわけでもないのだから、そんな心配はしなくても良いんじゃないの?」
「バカね。達也様はUSNAのパールアンドハーミーズ基地から巳焼島までの距離を、一回も休憩を挟まずに飛行魔法で帰って来たのよ? ご自分でも気付かない疲労が溜まっているかもしれないじゃないの。その状態で魔法を行使して、万が一にことが起こったら大変だもの。だから今日一日は達也様にもゆっくりしてもらうように叔母様からきつく言われているのよ。そういう訳だから、リーナは達也様の監視が今日の仕事よ」
「りょ、了解」
達也ならそのような失敗をするわけがないとリーナも分かっているのだが、四葉家当主としての命令なら逆らうわけにはいかない。深雪がそうしたように、リーナもまた真夜の命令には従うしかないのだから。
深雪がリビングからいなくなったので、リーナは達也の隣に移動して腰を下ろして話しかける事にした。
「達也、疲労感とかないわけ?」
「何度も言っているが、あの程度何の問題もない。むしろ母上や深雪、水波が心配し過ぎだと思うんだが」
「同じ戦略級魔法師だけど、私だったらあの距離を継続的に飛行魔法を行使することなんてできないわよ。というか、スターズの魔法師全員だって無理でしょうね。飛行魔法を行使する際には普通の魔法を行使する以上の疲労が蓄積するのだから。普通の魔法師だったら、あっという間に想子が枯渇してしまうくらいにね」
「想子保有量が多いのは認めるが、スターズ内なら誰か一人くらいはできる人間がいてもおかしくないんじゃないか?」
達也も自分の想子保有量が普通の魔法師と違うということは自覚しているが、スターズの中でもそんな人間はいないと言われて、素直に受け入れられるはずもないので、あまり意味の無い反論をしてみる。だがリーナは呆れているのを隠そうともしない視線を達也に向け、やれやれと頭を振った。
「いい? 達也の想子保有量は並の魔法師が対抗できるはずもないくらい膨大なの。深雪だって多いけども、達也のそれは深雪の比じゃないくらいだし、そもそも飛行魔法の開発者として、どのように使えば最も効率がいいか分かっているわけだし。そんな人間とスターズの人間を比べても、スターズに勝ち目なんて無いの! 分かる?」
「わ、分かったから身を乗り出すのは止めてくれないか?」
「へっ?」
自分がヒートアップして達也の方へ身を乗り出していたのに気付いたリーナは、慌てて達也から身体を離す。もし深雪に見られていたらグチグチ言われる原因になっただろうが、幸いにしてこの部屋には今リーナと達也の二人しかいない。
「と、とにかく達也が大丈夫だと思っていても、周りは心配になっちゃうんだから、今日一日くらいは大人しくしてなさいよね? 世間的には達也はまだ入院しているんだから、大っぴらに動くわけにもいかないわけなんだし」
「あの事故だからな。USNAに行っていた時間を考慮しても、後二、三日は大人しくしてなくてはいけないだろう」
「それだけの時間があるんだから、今日一日くらい大人しくしてても問題ないでしょ? 達也なら、人の二倍くらいは早く研究を進められるでしょうし」
「さすがにそれは無いとは思うが……今日のところはリーナの言う通りにするとしよう」
「な、何だか達也が素直に言うことを聞くなんて不気味ね……それじゃあ私もすることないし、二人きりでゆっくりしましょう」
途中で眠くなってきてしまったのか、リーナが次に気が付いた時には、達也の膝の上に頭をのせて横になっていた。慌てて起き上がり辺りを見回すと、目の奥が笑っていない深雪がすぐ傍でお茶を飲んでいて、リーナはそそくさと宛がわれている部屋へと逃げ出したのだった。
一応心配はしてるんだなぁ