深雪と会話をしながらもしっかりと朝食の準備を終えた水波は、丁度リビングに顔を出した達也の前にコーヒーを置いて、朝の挨拶をする。
「おはようございます、達也さま。朝食の準備が整いました」
「今日は水波が担当だったのか」
「はい。深雪様と話し合った結果、一日ごとに用意するということになりましたので」
「あまり無理はするなよ。水波の病気はまだ、完治したわけじゃないんだ」
「理解しております。ですが、食事の用意に魔法は必要ありませんので、そこまで気にする必要は無いと考えております」
水波の言うように、料理を作るだけなら魔法を使う必要は無い。それにこれくらいのことなら光宣との逃亡生活中もしていたし、魔法演算領域のオーバーヒートを起こす前からもしていた、いわば日課のようなものだ。それを取り上げられたら逆に落ち着かなくて治療に影響を及ぼす可能性すらある。
「水波が大丈夫だと判断したのなら、俺はこれ以上何も言わないが、くれぐれも無理はしないように」
「ご心配をお掛けしておりますが、この通り問題なく用意できておりますので」
「相変わらず硬い喋り方ねー。せっかく婚約者に格上げになったんだから、もう少し砕けた喋り方はできないの?」
「おはようございます、リーナ様。私は婚約者である前にメイドであるため、このような喋り方が染み付いておりますので」
急に顔を出して水波の喋り方に注文を付けたリーナにも、水波は丁寧に対応する。水波の後ろで深雪がリーナを睨んだが、リーナはその視線には気付かないふりをして達也の正面に腰を下ろした。
「相変わらず優雅なお目ざめね、リーナ。もう護衛でもない今の貴女を表現するのなら、穀潰しになるのかしら?」
「なんでよ! 私は真夜にここで生活しろと言われているのよ。一度USNAに帰ってけじめを付けたら元の新居の部屋に戻るつもりだから、それまでは我慢してよね! というか、私だっていろいろと手伝ってるじゃないの!」
「深雪様、リーナ様。言い争いはそれくらいにして、一度心を落ち着かせてくださいませ」
「水波ちゃん、私は別にリーナと言い争っているわけではないの。ただこんな時間まで優雅に寝ていて水波ちゃんに文句を付けたリーナに自分の立場を理解してもらおうと思っただけよ」
「私の立場は達也の婚約者で、真夜の客という感じかしら。現当主の客である私に対して、随分な態度を取っているけど平気なのかしら?」
またしても視線の火花を散らし始めた二人をどうにかすべく、水波は達也に視線を向ける。この状況を打破できるだけの力が自分には無いと理解しているので、何とかできる相手に助けを求めたのだ。
「深雪もリーナもそれくらいにしておけ。あまり派手に争うようなら、俺は水波と別の場所で生活するから、仲良くなるまで二人きりで生活するか?」
「申し訳ございませんでした、達也様。別に私はリーナと争いたいわけではないのです」
「私だってそうよ。というか、何で達也と水波の二人きりになるわけ? そんなの認められないんだけども」
「二人きりで生活すれば、嫌でも相手と協力しなければならなくなるだろうし、そうすれば少しは言い争う回数が減るんじゃないか?」
「私からは突っかかってないんだけど? 毎回深雪が厭味ったらしく言ってくるから……」
「私だってリーナがもう少しちゃんとしていれば、何回も注意しなくても良いのだけども」
互いに反省しながらも相手が悪いと言いたげな二人だったが、達也の言葉に逆らうわけにもいかないので頭を下げて反省した。
「達也様と離れたくありませんし、リーナの悪い点には目を瞑りましょう」
「私が悪いって言いたいわけ? ……まぁ、私が悪いかもしれないけど」
リーナも自分が悪い部分があると理解しているので、これ以上深雪と言い争って達也の側にいられなくなるのは避けたいと思い、深雪の言葉を素直に受け止めた。
「とりあえずリーナ様はコーヒーとお茶、どちらがよろしいでしょうか?」
「コーヒーで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
深雪とリーナの言い争いが一段落したので水波はリーナに飲み物の希望を聞き、その準備の為にキッチンに引っ込んだ。
「本当に水波は働き者よね。せっかく婚約者に格上げになったのだから、もう少し浮かれてても良い気がするのだけども」
「水波ちゃんはリーナと違って大袈裟に表現したりしない子なのよ」
「それって私がオーバーリアクションだって言いたいの?」
「別にそんなことは言って無いわよ? ただ水波ちゃんが慎み深い性格だと言っているだけで、決してリーナがガサツだとかそんなこと言って無いわよ」
「言ってるようなもんじゃないの! ……っと、そんな挑発には乗らないわよ。私を達也の側から遠ざけたいのかもしれないけど、その場合は深雪も一緒だということを忘れないでよね」
「別にそんなこと思ってなかったのだけども、リーナがそう感じてしまったのなら謝るわ。ゴメンなさいね」
「……何だか私が一人負けしたみたいじゃないのよ」
深雪に頭を下げられて複雑な表情を浮かべるリーナの前に、水波がコーヒーを差し出す。達也に淹れたのとは違い、砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーを一口啜り、リーナは柔らかい笑みを浮かべるのだった。
巻き込まれる水波が可哀想だ……