劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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交渉相手はパラサイトじゃないですしね


敵艦との交渉

 パラサイトを葬った達也は、駆逐艦『シュバリエ』にそれ以上の手出しをしなかった。関わる時間を惜しみ、関心を無くした。エアカーに乗り込み、『シュバリエ』の甲板から飛び立つ。途中、空母とそれを守る二隻の護衛艦を見つけたが、達也はそれを無視するつもりだった。

 だが残念ながら、相手の方が素通りさせてくれなかった。護衛の駆逐艦の甲板上で、可動式のミサイルランチャーがエアカーの方へ向く。方向がズレているのは、レーダーが役に立たないからだろう。近距離レーザー砲を使わないのも、おそらく同じ理由だ。

 このままフルスピードで飛び抜ければ、駆逐艦の攻撃からは逃れられる。亜音速までしか出ないとはいえ、可視光による照準で高速飛翔体を捉えられるような設計にはなっていないはずだ。

 しかしすぐに空母から艦載機が上がってくる。今度は確実に、先ほどの十機よりも多い。空中戦になって、短時間で決着を付けられる見込みは低いと言わざるを得ない。

 達也は空中で不規則に右折・左折・上昇・下降を繰り返しながら――その動きは正しく、想像上のエイリアン・シップ「UFO」のものだ――空母の前方を護衛する駆逐艦に「眼」を向けた。

 

「(艦名は『ミラー・デービス』、艦内にパラサイトは存在せず。ABC兵器の搭載、無し)」

 

 

 まず撃沈しても問題ないことを確認し、照準を『ミラー・デービス』と名付けられた艦の全体に定める。駆逐艦の部分、部品ではなく、名前を鍵として艦体を一個の対象物と認識する。名前で紐付けした対象物の構造ではなく素材の情報、素材を形作っている元素の情報を読み取って、達也は駆逐艦の艦体とその付属物、内蔵している兵器、駆逐艦が使用している燃料、『ミラー・デービス』の概念に含まれる物体のみを対象に『雲散霧消』を発動した。

 物質を元素レベルに分解する魔法。駆逐艦の輪郭が曖昧に揺らぎ、その雄姿が粉塵と煙の中に消えていく。海に落ちていく、クルーを残して。

 派手に飛沫を上げて海中に没し、慌てて海面に浮かび上がる乗組員。そこに階級の差は無い。士官も下士官も、艦長も二等水兵も同じように、何が起こったのか分からないという顔で必死に水を掻いている。達也は原子力潜水空母『バージニア』で入手した通信機のスイッチを入れた。

 

「こちらはUFOのパイロットだ」

 

 

 達也は自分の名乗りに、思わず失笑しそうになる。だがこれは真面目な交渉だ。相手をバカにしていると誤解されたら、上手く行くものも行かなくなる。達也はシリアスな口調を意識して通信機に話しかける。

 

「当方に、交戦を続ける意思は無い」

 

『こちらはUSNA海軍空母「シャングリラ」』

 

 

 通信機から応答があった。通じているはずだと確信していたが、実際に返事があるとやはり少しホッとする。一人芝居の空回りを恥ずかしく思う点は、達也も普通だ。

 

『UFOのパイロット。要求を聞こう』

 

「当機はこれからパールアンドハーミーズ基地に向かうが、攻撃を受けない限り基地に対する破壊行為を行うつもりは無い。俺の敵はパラサイトだ」

 

『……それで?』

 

 

 この更新相手はおそらく空母の艦長だろうが、どうやらこの男はパラサイトのことを知っているらしい。達也はそう思った。

 

「貴官は海に落ちた友軍の救助に専念してくれ。先行していた艦載機のパイロットも、この先の海上を漂っている。繰り返して言うが、当方にこれ以上の攻撃を加える意思は無い。救助活動の邪魔をしないことも約束しよう」

 

『了解した』

 

 

 すこし間が開くかもと思っていたが、空母の艦長はすぐに応諾を返してきた。

 

『救助活動に専念できるのは、こちらとしてもありがたい』

 

「快い同意に感謝する」

 

『……パラサイトを駆逐してくれるなら、私としても歓迎だ。個人的には、だが』

 

「……そんなことを今、言って良いのか?」

 

 

 この通信に暗号は掛かっていない。空母のクルーも、もう一隻の護衛艦のクルーも聞いているはずだ。

 

『構わんよ。ネイビーは人外の化け物に屈したわけではない』

 

「そうか」

 

 

 達也は何となく、この艦長が気に入った。こういうシチュエーションでなければ、直接顔を合わせて名乗りを交わしたいところだ。

 

「ではこれで、失礼する」

 

 

 しかし今の達也は、正規軍に奇襲攻撃を掛けているテロリスト。スーツの機能で声紋を変えているとはいえ、本来であれば声を聞かせるのも好ましくない。

 

『貴官に神のご加護があらんことを』

 

 

 唐突で素っ気ない別れを告げた達也に、艦長は本気か皮肉か分かりにくい言葉を返した。

 

「(味方の艦載機を跡形も無く消し去った相手に「神のご加護」とは……)」

 

 

 達也はエアカーの中で苦笑いを浮かべながら、『シャングリラ』の方へ視線を向け、陸軍式の敬礼をしてパールアンドハーミーズ基地に向けてエアカーを発進させる。途中攻撃に対する警戒をしていたが、そのような心配は不必要だと確信してからは、一切の関心を向けることなくパールアンドハーミーズ基地に向かう。これで残る敵は光宣だけだと、達也は改めて気合いを入れ直したのだった。




皮肉めいた言葉ではありますね

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