劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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焦るよな、そりゃ……


艦長の混乱

 敵の正体が艦載機ということで、達也は他のことも気にしなければいけない状況になっていた。

 

「(ならば、近くに空母が来ている可能性が高い)」

 

 

 心情的には、空母など無視して水波の救出に向かいたい。だがエアカーと艦載機の速度差を考えると、ここで叩いておくべきだという結論になる。運動性能では負けていないが、音速を超えられないエアカーでは、直線で追い掛けられるとすぐに捕捉されてしまう。

 

「(あまり米軍の被害を大きくしたくはないが……)」

 

 

 自分が墜とされる可能性はまるで考えず、達也は飛行デバイスとは別に装備されている車載CADのスイッチを入れた。狙いをつけるのは彼自身の「眼」だ。二機の『ホーンドアウル』がエアカーを挿み込むように、わずかな高度差を付けて接近してくる。達也はエアカーを垂直に降下させた。その残像を機銃弾が貫いていく。

 先に発砲してくれたことで、達也は少し気が楽になった。――やることは結局、変わらないのだが。頭上ですれ違った二機以外にも、八機の『ホーンドアウル』が二機ずつ、四方から近づいているのが「視」える。同時に墜とすこともできないわけではないが、順番に処理していくべきだろう。達也は二機の『ホーンドアウル』に『雲散霧消』を発動した。パイロットとイジェクションシートを残して、戦闘機が塵となり霞となって消える。ベイルアウト機構が作動したわけではないので上手くパラシュートが開くかどうか達也は懸念していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。パイロットはパラシュートにぶら下がって夜の海面に下りていく。季節と経度的に、命の心配はいらないと思われる。

 新たに接近した『ホーンドアウル』の内の一機がエアカーにミサイルを発射した。熱でも電波でも磁気でもこちらを探知できていないはずだ。無線誘導ミサイルだろうか? 下の海には同僚がいるのに無茶をする。達也はそう思った。

 彼は一基のミサイルと八機の戦闘機を、同時に「分解」した。無線機が悪魔を罵る声を拾う。落ちていくパイロットの悪罵を聞きながら、達也は空母とそれに従う艦載機を探してパールアンドハーミーズ環礁方面へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンタレス少佐とサルガス中尉は戦闘指揮所(CIC)に招かれていた。

 

「これは……飛行魔法による航空機械と思われます」

 

 

 艦橋ではなくCICで指揮を執っている艦長の問いかけに、サルガスが少し自信なさげに答える。彼が見ているモニターの中では、『シャングリラ』の艦載機からついさっき送られてきた短い映像の再生が終わっていた。

 

「中尉。そんな物が実用化しているのか?」

 

「小官が知る限り、我が軍ではまだ実用化しておりません」

 

「アンタレス少佐は如何です?」

 

 

 艦長がサルガスからアンタレスに視線を転じる。

 

「小官も同じです、艦長」

 

「そうすると、このUFOは日本の物ですか」

 

「同感です」

 

 

 飛行魔法を開発したのはFLT。ならば飛行魔法を利用した未知の航空機械は日本の実験機であると考えるのが妥当な推理と言える。

 

「日本軍が何故、ステイツの基地を攻撃するのだ……」

 

「相手が日本軍とは限らないでしょう」

 

 

 艦長が漏らした呟きに、アンタレスが反論する。

 

「飛行魔法を開発したのはトーラス・シルバー……司波達也です。彼はあの『四葉』の中枢メンバーだ。『四葉』が独自に開発した機体である可能性は低くないと考えます」

 

『F-141、全機沈黙。適性飛翔体、依然レーダーに反応なし』

 

「可視光観測の感度を上げろ!」

 

 

 艦長が苛立った声でAIに命令を下した。既に全てのセンサーは最大感度でUFOの捕捉を試みている。艦長の命令は可視光観測機器に過大な負荷を掛けるものだが、ここで一々「センサーが焼き付く恐れがある」などと口答えしないのは、軍事用AIならではだろう。

 

『――UFOを発見。距離二NM』

 

「何っ!?」

 

 

 距離二海里。約三・七キロ。その報告に艦長が声を上げた直後、けたたましく警報が鳴った。スクリーンにダメージ状況が表示される。艦首から中央に掛けての機関砲、対空レーザー砲、対空・対潜ミサイルランチャーが全て破壊されていた。

 

「前甲板の映像を出せ!」

 

 

 どうやらカメラは無事だったようで、メインスクリーンに上部構造物から見た艦首方向の映像が映し出される。銃座やランチャーからの出火はない。機関砲やレーザー砲は跡形も無く、ミサイルランチャーは抉り取られたように消滅している。

 

「なんだ、これは……」

 

『本艦は対空戦闘能力を喪失しました』

 

「あり得ない……。一瞬で本艦を無力化しただと!」

 

 

 辛うじて魚雷の水中発射管が残っている状態だ。艦長の叫びは、大げさではなかった。そしてその悲鳴と同調するように、甲板上の映像がブラックアウトした。

 

「どうした!?」

 

『光学観測機器が破壊された模様』

 

 

 艦体管理AIの落ち着き払った声。AIの声に込められた感情はあくまでもプログラミングされた物で、クルーの精神の安定を乱さないように設計されている。だがこの時はその口調が、艦長の神経を無性に逆撫でした。

 

「誰でも良い! 甲板に上がって状況を報告せよ!」

 

 

 艦長が、明らかに平常心を失っていると分かる命令を下す。その命令に応えたのは、アンタレスだった。

 

「艦長、我々が行きます」

 

「……お願い出来ますか」

 

「アイ、サー」

 

 

 艦長は落ち着きをやや取り戻した口調でアンタレスに依頼すると、アンタレスとサルガスは、海軍流の敬礼で応えた。




もはや別次元とすら思える戦果……

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