劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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恐怖支配では上手くいかないだろうが……


恐怖支配

 人体の魔法的防御を無効化した上で、細胞を構成する分子から強制的に電子を抜き出して体外に放出する。皮膚上で起こる放電が人体自然発火現象のような外観を呈するころから『人体発火』と名付けられているが、実態は分子間結合に用いられている電子を奪い取ることにより分子レベルで細胞を崩壊させる、恐るべき魔法。光宣の魔法発動速度はスピカのそれを上回り、良く訓練された兵士が引き金を引く速度を上回った。

 病室に火が燃え移ることはなかった。無論、水波のベッドにも、水波本人にも。光宣は『人体発火』と同時に、それによって発生する放電も完璧に制御していた。

 スピカと四人の兵士が、わずかな時間で跡形も無くこの世界から消え失せる。「灰」の中から、パラサイトが抜け出した。スピカに宿っていたパラサイトの本体だ。光宣はそれをあっさり捕えて、自分の中にストックした。

 

「……レイモンド」

 

 

 光宣が、感情の欠落した声でレイモンドの名を呼ぶ。

 

「あ、ああ」

 

「僕は此処にもいられないようだ。一緒に脱出しよう」

 

「……分かった」

 

 

 レイモンドは、様々なセリフを呑み込んだ表情で頷いた。

 

「少し、廊下で待っていてくれないか」

 

「……良いよ」

 

 

 レイモンドが言われた通り、病室を出ていく。ドアに手をかけ、気遣わしげに振り向いたレイモンドの視線の先には、水波の枕許に哀しげな表情でたたずむ光宣の姿があった。

 この夜、パールアンドハーミーズ基地に、花火のような灯火が無数に点った。灯火の数は、人の命の数だった。光宣とレイモンドは修理を終えた輸送艦『コーラル』に、恐怖で支配下に置いた基地の生き残りを乗せて、パールアンドハーミーズ基地を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆逐艦『シュバリエ』で出撃したアンタレス少佐とサルガス中尉は、スピカ中尉の死をほぼリアルタイムで知った。

 

「隊長……」

 

「無理だ。それに、意味が無い」

 

 

 サルガスの口にされなかった問いかけに、アンタレスはこう答えた。サルガスはその判断に、異を唱えない。彼も無理であり無意味だと分かっていたから「引き返しますか?」とはっきり言葉にしなかったのだ。

 ミッドウェー襲撃犯を放置することはできない。掛かっているのは連邦軍の面子だけではない。一人でミッドウェーを陥落させた戦闘魔法師は、今見せている実力だけでもすぐに対処しなければならない脅威だ。ましてやそれが「灼熱のハロウィン」を引き起こした戦略級魔法師と推定されるならなおのこと。作戦を中止してパールアンドハーミーズ基地に引き返せなどと、言えるはずがない。

 それにもう、スピカ中尉は死んでいる。彼女に宿っていた本体は何処かに行ってしまったが、その内、自分たちの所に引き寄せられてくるだろう。自分たちは、パラサイトとはそういうものだ。今できることは、何も無い。

 彼らは犠牲者はスピカだけではないと知っていたら、すぐに反転・帰還することを艦長に具申しただろう。パールアンドハーミーズ基地を襲っているカタストロフィを止めようとしたに違いない。だがアンタレスにもサルガスにも、達也や光宣のような「視力」は無かった。魔法的な知覚を後方に集中していれば死をまき散らす光宣の魔法に気づけたかもしれないが、彼らの意識は西、ミッドウェーとその彼方に向けられている。それに破局が待ち構えているのは、後方だけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『バージニア』から再出撃して、およそ八分後。パールアンドハーミーズ環礁の西・約百キロの空域で、達也は敵に遭遇した。

 闇に溶け込む戦闘機とすれ違う。通常の航空機なら、ニアミスと表現される距離だ。エアカーのレーダーに反応は無かった。相手も高いステルス性能を有しているようだ。

 エアカーの電磁波迷彩は可視光に対しても有効だが、透明化には程遠い。観測者からは、天候・明るさに合わせた煙幕に包まれて飛んでいるように見えるだろう。例えば今のように、晴れた夜空なら群青色のもやもやした塊に見えているはずだ。目の良いパイロットならば、これだけ接近すれば気付いたかもしれない。

 達也は『バージニア』から借りてきた無線機のスイッチを入れた。アメリカ海軍で使用されている周波数がプリセットされた無線機が、艦載機同士の交信を拾う。

 

「(UFO?)」

 

 

 スピーカーから「UFO」というフレーズが聞こえてきた。達也は心の中で首を傾げたが、すぐに自分が操縦するエアカーのことだと気づく。靄に包まれ熱を発していない――厳密に言えば外気温と同じ周波数の赤外線を放出している――エアカーは、確かにUFOだろう。

 しかし、呑気に感心している場合ではなかった。米軍機が「UFO」という表現でこのエアカーのことを伝えあっているのであれば、つまりは捕捉されるということだ。ダッシュボードのモニターは、一枚の画面をフレキシブルに分割して様々なデータや画像を表示する。その一部が、戦闘機の照合結果を示していた。

 

「(F-141『ホーンドアウル』か)」

 

 

 現在のアメリカ空軍主力戦闘機『クラウンドホーク』に総合力では劣るものの、ステルス性と低速性能を両立させた機体として艦載機に好まれている、というのが達也が耳にする世間の評価だった。




圧倒的恐怖ですから、暫くは上手く支配できるでしょう

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