劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ほら言わんこっちゃない


水波の魔法行使

 光宣が選択した魔法は『スパーク』。彼が得意とする放出系魔法の中で最も単純な術式だ。通常は少量の空気を電離する魔法だが、光宣は敵魔法師が身に着けている衣服から強制的に電子を抜き出した。至近距離で生じた電撃が敵魔法師の肌を這う。電撃で無力化に成功したことは、自分の精神に対する干渉の消滅で確認できた。光宣は意識を引き戻し、『精霊の眼』で現在何が起こっているのか見極める。

 

「(――っ!)」

 

「光宣さま!」

 

 

 彼が自分でそれを認識したのと、水波の警告が光宣の耳に届いたのは、ほとんど同時だった。鍵を掛けていたはずのキャビンの扉が、勢い良く開く。非磁性金属製の単純な内閂の鍵。だからこそ機密扉の外側から開けることは不可能に近い。サイコキネシスによって閂を動かしたのだという推理は、事態が終息した後で思い付いたものだった。

 六本の銃身が光宣と水波に向いている。光宣は思念だけで「スパーク」を発動した。だがそれは、光宣が兵士を認識したのと同時ではない。パラサイトいえど魔法というシステムに従う以上、無意識では使えない。魔法式の構築自体は無意識領域で行われるプロセスだが、使用する魔法を意識する必要がある。CADどころか起動式すらパラサイトは必要としないが、敵を認識してから魔法を発動するまでの時間はゼロにはならない。光宣が兵士と銃口を認識して、『スパーク』を発動しようと決定するまでに〇・五秒。その時には既に、兵士たちの指が引き金を引き絞っていた。

 電離した空気を銃弾が突き抜ける。感電して床に崩れ落ちる六人の兵士。六つの銃口から放たれた弾丸は、水波が展開した対物シールドに受け止められていた。

 考えただけで、というのは何よりも手軽で手早いと思われがちだが、人間の反応は思考よりも動作の方が速いこともある。戦闘魔法師として鍛え抜かれている水波は、敵が侵入しようとしている光景が目に入った瞬間、反射的にCADを操作し障壁魔法を発動していたのだ。

 運動エネルギーを失った銃弾が床に落ちる。それと同時に水波がガックリと両膝を突いた。

 

「水波さん! 大丈夫!?」

 

 

 効果を失った水波の障壁の代わりに、光宣が強固な対物、耐熱、対電磁波シールドを構築する。光すらも侵入できなくなったシールド内に、弱いプラズマで熱の無い光を作り出した光宣が、水波の傍らに片膝を突いて彼女の肩を手で掴む。

 肩を揺さぶろうとして、寸前で思い止まる。水波が苦し気に臥せていた顔の中に微笑みを浮かべて、光宣を見上げた。

 

「大、丈夫、です」

 

 

 途切れ途切れに、その口調だけで大丈夫ではないと分かる答えを水波が返す。

 

「咄嗟のこと、だったので、力加減を、失敗してしまった、だけ、です」

 

「もう良い! 喋らないで!」

 

 

 魔法の行使が水波の寿命を縮めるということを、光宣は改めて思い出していた。彼が水波を攫ったのは、まさにその所為だった。彼女を死なせたくなかったから、自分は人間であることを辞め、水波にもそれを勧めた。それなのに、自分の不注意で、水波に魔法を、使わせてしまった。

 彼は新たにやってきた敵の攻撃も、レイモンドの念話も、全てを拒絶して水波を強く抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘が終了したのは、それから二十分後のことだった。光宣が退魔師を無力化したことにより、ゾーイ・スピカが本来の戦闘力を発揮できるようになった。そうなればスピカ中尉はUSNA最強の魔法師部隊『スターズ』の中でも最精鋭の一等星級隊員。襲撃部隊の約半数を一人で無力化した。残る半数も狂信的な指揮官が射殺されたことで戦闘継続の意思を喪失。コーラルのクルーも仲間の復仇に拘らず投降を受け容れた為、どちらか一方が全滅という悲惨な結末にはならなかった。

 しかし、光宣と水波が助け出されたのは、戦闘終結からさらに一時間近くが経過した後のことだった。

 

「……光宣。彼女の具合はどう?」

 

「苦しそうな様子も無く眠ってくれたよ。処方してもらった薬が効いているみたいだ」

 

 

 戦闘が終わった直後に、コーラルクルーの上陸が解禁された。光宣も下船を許可され、水波は基地の医務室に運び込まれた。光宣はしばらく水波の側に付き添っていたが、今は夜の海と向き合って埠頭に座り込んでいる。

 

「そう……」

 

「……僕の所為だ。彼女に魔法を使わせちゃいけなかったのに……」

 

「いや……、君の所為じゃないよ。まさかステイツの基地内でステイツの兵士に襲われるなんて、予測できるはずないじゃないか」

 

「スピカ中尉にも、そう言って謝罪されたよ。今回のことは自分たちの内輪揉めだから、巻き添えになった水波さんを治療する為には、どんなことでもするって」

 

 

 光宣が微かに、自嘲的な笑みを零す。

 

「彼女を治す方法なんて、一つしかないのは分かってるんだけどね……」

 

「だったら! もう躊躇っている場合じゃないだろ! 光宣、君にはできるんだから!」

 

「強制はしない。彼女が望まない限り、彼女を僕たちと同じにはしない」

 

「でも、それしか……!」

 

「約束したんだ。強制はしないって」

 

 

 まるで、生きる希望を失くしてしまった老人のような声で光宣が呟く。レイモンドは、黙って立ち尽くすことしかできなかった。




結局水波の為と言いつつ自分の為だったって思い知れ

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