劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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連れ去っていいことなんてないと分かってただろうに……


コーラル襲撃

 日本時間十八日午後三時、現地時間十七日午後七時。北西ハワイ諸島パールアンドハーミーズ米軍基地にアメリカ海軍の輸送艦が入港した。これ自体は別段、特筆すべきことではない。そこから武装した大勢の兵士が下りてきても、おかしくはないだろう。この基地は米海軍の補給拠点だ。上陸戦闘要員が自分の武器を抱えたまま休養を取りにきたりもするに違いない。

 異常な点は、彼らの顔がまるで敵地に乗り込もうとしているかの如く、緊張に強張っていたこと。彼らが足音を殺し、息を潜め、基地の建物ではなく別の輸送艦へ向かっていることだった。

 彼らが進む先にあるのは、係留中の全水没型輸送艦『コーラル』。光宣と水波が横須賀沖から乗ってきて、未だ中に留まっている船だ。

 

 

 

 輸送艦『コーラル』のキャビンには窓がない。元々民間の客船とは違って軍の艦艇に構造上の弱点となる窓は少ないが、『コーラル』は実質潜水艦ということもあって艦内と艦外が徹底的に遮断されている。割り当てられたキャビンに閉じこもっている水波には、外がもうすぐ日没を迎えるということさえ分かっていない。ただ、光と音が遮断されていても、伝わってくるものがある。水波は、きな臭い雰囲気が自分に迫ってきているのを第六感で感じ取っていた。

 軍事基地だから「硝煙の匂い」が漂っているのは当たり前。彼女は自分にそう言い聞かせたが、悪い予感は膨れ上がる一方だった。呼び鈴が室内に小さく響く。水波は機密扉に小走りで近づいてロックを解除した。外開きのとびらが、廊下から引かれる。訪れた客は、気配で読み取った通り光宣だった。

 

「入っても良い?」

 

「はい、どうぞ」

 

 

 水波は一歩下がって、光宣を室内に招き入れる。光宣は小さく開けたドアの済隈から水波の部屋に滑り込んで、扉を閉め、鍵を掛けた。

 

「外の様子がおかしい。数十人単位の兵士が、この船に押し寄せている」

 

 

 水波がコクンと頷く。光宣のセリフは彼女にとって、「まさか」ではなく「やっぱり」という思いを呼び起こすものだった。

 

「レイモンドやスピカ中尉にも、状況が理解できていない。まさか米軍同士で銃口を向け合うなんてことにはならないと思うけど、一緒にいた方が良いと思って」

 

 

 水波がもう一度、直前よりも少し緊張した顔付きで頷く。彼女は、「まさか」とは思っていない。だが、「一緒にいた方が良い」という考えには賛成だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巳焼島を襲撃した輸送艦『ミッドウェイ』には二十人以上のパラサイトが乗り込み攻撃部隊を構成していたが、『コーラル』の乗員乗客でパラサイトは、光宣、レイモンド、スピカの三人だけだ。クルーはペンタゴン内の対日強硬派に命じられて、日本に対決姿勢を取っているパラサイト一味の支援をするよう命じられているに過ぎない。

 だがパラサイトに生理的な――宗教的な嫌悪感を抱く軍人・軍官僚にとっては「パラサイトに協力している」と「パラサイトに従っている」の間に違いはない。パラサイトと行動を共にしているコーラルのクルーは「同じアメリカ軍人」ではなく「祖国を蝕む悪魔の手先」だ。同胞に銃口を向けることはできなくても、「悪魔の手先」に弾を撃ち込むことなら躊躇わずに済む。ましてやそれが指揮官の命令なら尚更だ。コーラル襲撃を命じられた兵士は、きっとそのような心理状態だったに違いない。

 コーラルは潜水航行する艦体の構造上、港に係留されている際も水面の上に出ているのは全体の四分の一程度だ。それでも一般的な潜水艦とは違い貨物の搬入出用大型ハッチがあるので、一度に一人ずつしか出入りできないという不便さはない。そのカーゴハッチに六十名以上の兵士が殺到し、問答無用で穴を空ける。この狼藉に、コーラルのクルーは激しいショックを受けていた。

 クルーの数は約百二十名。艦内に乗り込んできた兵士の二倍弱だ。数の上では勝っているが、奇襲を掛けた側と掛けられた側では心構えが違う。コーラルのクルーはほとんど抵抗らしい抵抗もできず、次々に撃ち殺されていく。

 パラサイト増殖の原理は分かっていない。去年の冬は、アメリカにおいても日本においてもパラサイトは仲間を増やせなかった。だが今年のケースでは、現在までに分かっている範囲で五十人以上がマイクロブラックホール実験の結果ではなくパラサイトとの接触によって、謂わば二次感染でパラサイトに変化した。

 コーラルのクルーは約三日間、閉鎖された環境でパラサイトと過ごしている。彼らが射殺されているのは、「感染」を疑われてのことだ。「感染」の原理が分からない以上、クルーは全員がパラサイト化している可能性がある。パラサイトが「治療」できない以上、「感染」の拡大を阻止する為には「患者」を「処分」しなければならない。これが国防総省内保守派の中でも過激な一派の言い分だった。

 クルー全員を「処分」するならコーラルごと爆破撃沈する方が、リスクは小さいように思われる。クルーも丸腰ではない。反撃を受けて攻撃部隊に死傷者が出る可能性は無視し得ない。奇襲作戦実行の直前にも、そのような意見が出た。たとえ「神の正義」を実行する為であっても犠牲を避けられるならそれに越したことはないし、「神の正義」の為ならば手段を選ぶ必要もない。




所詮パラサイトは対滅対象だし

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