劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

206 / 2283
神奈川は雪が降りました。


対立する三年生

 五十里が閉じ損ねた情報端末のディスプレイへ、関本が興味深げな目を向ける。だがそこへ横から手が伸びてきて端末の電源が落とされた。

 

「市原……」

 

「関本君はこういう実用的なテーマに興味が無いと思ってましたが」

 

 

 少し驚き、だがムッとした表情で振り向いた関本に、鈴音は体温がまるで感じられないポーカーフェイスで応えた。その横では達也も似たような表情で関本の事を眺めていた。

 

「基本コードのような基礎理論や術式そのものの改良を重視するべきだという意見は変わらないが、応用技術に興味が無い訳じゃない」

 

「基本理論を軽視してるつもりはありませんが。実用化に伴うリスクを軽減する為には理論の為の理論を研究するよりもむしろ厳密な基礎理論の検証が必要ですから」

 

 

 鈴音の意見に関本は若干ムキになりながら反論する。

 

「検証と研究は違う。研究は創造だ。検証だけでは前進は無い」

 

「人間の役に立たない理論に価値はありません。実用化されてこその理論です」

 

 

 鈴音と関本のやり取りを見ながら、達也は鈴音が関本の代表入りを頑なに拒んだ理由が分かったような気がしていた。

 学内選考で鈴音に次ぐ二位だったと聞かされてはいたが、その時に珍しく鈴音が敵意のようなものを見せたのが気になっていたのだが、これではっきりした形になったのだ。

 

「(今でも自分の方が代表に相応しいと思っているのだろうな……厄介な事にならなければ良いんだが)」

 

 

 その願いは叶わないだろうと思いながらも、達也は心の中でそう願っていた。丁度願った時に達也の端末に通信が入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花音に追い返される形になったエリカの後に黙々とついていくレオ。と言っても一緒に下校してるという意味は彼には無い。校門から駅までは事実上の一本道で単に追い越していくほどの急用が無いのでエリカの後を歩いてるだけだ。それはエリカも同じはずだとレオは思っていた。単に足を進める方向が同じだけで、偶々歩調が合っているだけだと。

 

「レオ」

 

 

 エリカに名前を呼ばれ、レオは意外感から足を止めてしまった。エリカもまた足を止め再び声をかけた。

 

「アンタ今日時間ある?」

 

 

 質問の意味が咄嗟に理解出来ずにレオは立ち尽くしたまま絶句してしまう。そのレオの気配を感じ取ったのかエリカがクルリと振り返った。

 振り返った勢いでスカートがフワリと翻ったがレオの目はエリカの瞳に釘付けだった。今にも切りつけてきそうな鋼色の気迫に染まった眼差しから目を逸らせなかったのだ。

 

「どう?」

 

 

 再度短くエリカが問う。それで漸くレオの呪縛が解かれた。

 

「特に予定は無いぜ」

 

「だったら付き合いなさい」

 

 

 再び踵を返しエリカはスタスタと歩き始める。同じ速さ、無言のままでレオもその後に続いた。見掛けの上ではさっきまでと同じだが、意味合いは百八十度変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五十里と一緒に保健室に入った花音の視界に飛び込んできたのは、おっとりとした雰囲気で千秋を押さえ込んでいた怜美の姿だった。

 

「……先生は『戦闘力皆無』じゃなかったんですか?」

 

「やあねぇ、これは看病よ。戦闘じゃないわよ?」

 

「「………」」

 

 

 分かっていながらも訊ねてしまうのもこれが初めてではない。思わず目付きが据わってしまったのは花音一人ではなかったがあえてツッコミを入れなかったのもまた彼女一人ではなかった。

 

「えっと……その子から話しを聴きたいんでとりあえず放して……じゃなかった、座らせてあげてくれませんか」

 

「良いわよ」

 

 

 咄嗟に言い換えた機転を褒めるように怜美は千秋を抱き起こし椅子に座らせる。一方の花音はあのまま言葉を続けていたらどうなってたのかと薄ら寒さを感じていた。

 

「一昨日は大丈夫だった?」

 

 

 花音に問われ千秋はハッとした。駅前で自分を追いかけて来た相手が花音だと今更ながらに気がついたのだろう。

 

「一昨日といい今日といい無茶するわね。まだ何もしてないから今だからこそ、私は貴女をとめなくちゃいけないの。さっき壬生さんに『何かが欲しい訳じゃない』って言ったらしいわね。じゃあ何でデータを盗もうなんて考えたのよ」

 

「データを盗み出す事が目的じゃありません。私の目的はプレゼン用の魔法装置作動プログラムを書き換えて使えなくする事です。パスワードブレーカーはその為に借りたものです」

 

「当校のプレゼンを失敗させたかったの?」

 

 

 花音の腸が煮えくり返ってると五十里は感じ取っていた。その質問の答えが千秋の口から放たれる前に、保健室の扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「は~い」

 

 

 間延びした声で怜美がノックの主を保健室へと招き入れる。

 

「司波君……何で保健室に?」

 

「先ほど安宿先生と五十里先輩から連絡をもらいまして」

 

 

 花音がキッと五十里を睨むと、罰の悪そうな笑みを浮かべてゆっくりと花音から視線を逸らす五十里。彼としても花音がこうなる事を予期していて達也を呼んだのだ。

 

「千代田先輩。五十里先輩も、スミマセンが二人きりにしてもらえます?」

 

「でも!」

 

「事情は後ほど俺が報告します。それに五十里先輩はまだ実験途中だったんですから、その護衛の千代田先輩も戻らなければいけませんよね?」

 

 

 達也の言葉に反論しようとして言葉が見当たらなかった花音は、口をパクパクとさせただけで諦めた。

 

「分かったわ。その代わりちゃんと説明はしてちょうだいね!」

 

「分かりました」

 

 

 花音と五十里を見送った達也は、身体ごと千秋に向き直った。

 

「目的は俺か」

 

「やっぱり分かってたんだ。本当は魔法だって自由に使えるんでしょ! あの人が言ってるように一科生も二科生も裏であざ笑ってるんでしょ!」

 

「誰に吹き込まれたのかは聞かないが、俺は自由に魔法を使う事は出来ない。無系統魔法なら比較的得意にしてるが、それ以外は二科生の中でも下から数えた方が早いという事実は変わらない」

 

「じゃあなんでお姉ちゃんの説得をしてくれなかったの! 司波君が説得してくれればお姉ちゃんだって代表を務めたはずなのに……なのになんで司波君は説得してくれなかったの!」

 

 

 ヒステリック寸前まで千秋は興奮しているが、達也は何時ものように感情の窺えないポーカーフェイスのままだ。

 

「安宿先生、彼女は洗脳されている可能性があります」

 

「そうみたいね。ここまでの思い込みは普通じゃありえないもの」

 

「平河先輩の事で俺が頼まれていたのは退学を思い止める事だけだ。それ以上の事は頼まれていない。それに無理をさせて平河先輩に負担をかける事になっても良かったのか?」

 

「それは……でも!」

 

「はいはいそこまで。ドクターストップよ。これ以上は平河さんの脳に良く無いわ。平河さんの身柄は大学付属病院で預かるから。親御さんには私から連絡入れておくから、明日になったら千代田さんたちと来てちょうだいね」

 

「分かりました」

 

 

 怜美に一礼して達也も保健室から去る。今すぐにでも洗脳状態を解く事も可能なのだが、背後関係を探る為にも、千秋にはもう少し洗脳状態でいてもらう必要があったのだ。




関本は救いようが無いですしね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。