劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真夜は興味津々だったし


新魔法の詳細説明

 達也の答えを聞いた真夜は鷹揚に頷き、葉山に椅子を用意するよう命じた。達也は自分で、と遠慮しかけたが、彼が身体を動かす必要は無かった。オフィスチェアが自力走行でデスクの前にゆっくりと移動してくる。真夜が現在座っている物程ではないが、これも革張りの豪華な肘掛け付きハイバックチェアだ。達也は真夜に勧められて、停止した椅子に腰を下ろした。

 

「達也さん、一昨日のことだけど。藤林長正を新しい魔法で退けたそうですね」

 

 

 達也が腰を落ち着けるや否や、真夜は興味津々の表情で彼にそう問いかけた。

 

「藤林長正の魔法を破る為に、新魔法を使いました」

 

「どんな魔法なのかしら?」

 

 

 達也が口にした些細な修正は、真夜の耳に入っていないようだ。彼女の意識は全て、達也の新魔法に向いていた。

 

「霊子情報体がこの世界に存在し、この世界の事象に影響を及ぼす為には、アクセス媒体となる想子情報体が必要です。この世に存在する為の足場、あるいは存在の支持基盤と言い換えても良いでしょう」

 

 

 正面からだけでなく、側面からも、背後からも、視線が向けられているのを達也は感じた。真夜に加えて深雪も、リーナも、葉山も兵庫も、達也の話に耳を傾けているようだ。だからといって達也が動じることもなく、彼は無表情で真夜に視線を固定している。

 

「それを達也さんは確認したの?」

 

「間接的にではありますが、観測しました。その結果に基づく『アストラル・ディスパージョン』が初期の効果を発揮しましたので、間違いないと断定できるのではないでしょうか」

 

「新魔法は『アストラル・ディスパージョン』と言うのね……続けて頂戴」

 

「事象が変化すれば、その情報が残る。精神もまた、この原則の例外ではありませんでした。精神が引き起こす現象でも、この世界に影響する者であれば情報次元に記録が残ります」

 

「……純粋な思考や情動はこの世界に直接影響する者ではないから情報次元に痕跡を残さないけど、精神体の投影や他者の精神への干渉は世界に記録される、ということかしら」

 

「少なくとも系統外魔法として知られる事象、系統外魔法で再現可能な事象は、確実にその履歴を残します」

 

「……続けて」

 

「我々魔法師は事象の記録である想子情報体・エイドスを読み取ることで、本体である事象そのものを確認します。これは自分のような『精霊の眼』を持たなくても、魔法を行使する際は程度の差こそあれ、全ての魔法師が行っていることです」

 

「そうね……その『程度の差』が、実務上はとてつもなく大きな差となって結果に反映するのだけれど。でも、エイドスから事象本体を認識できるというのは、達也さんの言う通り」

 

 

 真夜が自分の中で整理をしながら達也の発言を認めた。達也は軽く一礼して、説明を続ける。

 

「東亜大陸流古式魔法『蹟兵八陣』は、死体を魔法的な容器に加工し、一般的に『亡霊』と呼ばれる霊子情報体をそこに封じ込めて、『亡霊』の持つ事象干渉力を利用することで『鬼門遁甲』を維持する固定陣地型魔法でした」

 

「亡霊に事象干渉力が?」

 

「事象干渉力の正体は霊子波です。自分はそれを、高尾山上空で敵幽体と交戦中に観測しました。『亡霊』は霊子情報体ですから、それ自身を少しずつ削り取って燃料とすることで事象干渉力を生み出せます」

 

「興味深いわ」

 

 

 達也はリーナの耳を気にして「敵幽体」と表現したが、真夜は達也の新発見に興味を寄せるだけで、敵の正体には関心を見せなかった。

 

「達也さんはこの数日間で、魔法と精神に関する貴重な発見を積み重ねてきたようね」

 

「恐縮です」

 

 

 達也は先程より少し丁寧な会釈を真夜に向けた。

 

「藤林長正はその『亡霊』を器から解放し、自分に対する攻撃手段に用いました。自分はその系統外魔法による事象改変の情報から『亡霊』の支持基盤となっている想子情報体を見つけ出し、その構造を読み取り、分解することで『亡霊』――霊子情報体をこの世界に存在できなくしました。これがアストラル・ディスパージョンです」

 

「つまり……精神体をこの世界から切り離す魔法ということかしら?」

 

「はい」

 

「精神体そのものを滅ぼすのではなく、精神体がこの世界に干渉し、存在する基盤を破壊する魔法?」

 

「そうです」

 

 

 達也の説明が終わり、真夜が自分の中で答えを出したところで、今まで黙っていた葉山が口を挿む。

 

「奥様。この世界に存在できなくなるということは、この世界の側から見れば死んでしまったのと同じです。この世界から切り離された精神体が自由に戻ってこられるのであれば、この世は亡霊であふれているでしょう。達也様の新魔法は、精神体を殺害する魔法と申しまして、差し支えないと存じます」

 

「亡霊を殺せる。確かに画期的なことだわ……。達也さん。急ぎませんので、新魔法を詳細なレポートにして提出してもらえないかしら。貴方の発見と発明は、四葉家の大きな財産になるでしょう」

 

 

 四葉家は戦闘魔法師の一族であると同時に、魔法研究者の一族でもある。魔法の可能性を探求し、追窮すること。その果てに「精神とは何か」を解き明かすこと。それは他の十師族には知られていない、一族が目指す到着点だ。

 

「かしこまりました」

 

 

 達也の目的は別にあるが、彼もまた一人の魔法研究者である。自分の魔法を論文として残すことに、否やはなかった。




多方向から視線を浴びるのは辛そうだ……

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