劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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まぁ女子高生だし……


試食会

 チャンドラセカールとたちが応接室から去った後も、リーナが何時まで待っても合流しなかったので、達也たちの方からもう一度旧所長室へ戻る事にした。

 

「叔母様とリーナとのお話は、それほど長い時間が必要なのでしょうか」

 

「どうだろうな。リーナの事を何時までも匿い続けるのは難しいだろうし、リーナもいい加減堂々と生活したいと思い始めるころだろうから、そのことを話しているのかもしれない」

 

 

 いくらリーナの気持ちがUSNA軍から離れているとはいえ、彼女は書類上はまだUSNA軍人だ。その軍人が脱走――本当はパラサイトたちからの逃走だが――したとUSNA政府から日本政府に協力要請が出ているのだから、何時までも匿い続けるのは四葉家としても難しい。そこでリーナの気持ちをはっきりさせる為に彼女を呼んだのだと、達也はそう考えていた。

 しかしいざ旧所長室に戻って来てみると、そのような殺伐とした会話が行われたような雰囲気ではなく、何とも緩やかな空気が流れていた。

 

「あっ、深雪。お話しはもう終わったの?」

 

「リーナ……貴女、いったい何をしているの?」

 

 

 リーナの前には、スイーツが所狭しと並べられていた。それを向かい側から、真夜が微笑まし気に見守っている。

 

「えっ? 試食だけど」

 

「深雪さんたちも知っている通り、この島は娯楽に乏しいでしょう? でも、もう監獄ではなくなったのだから、これからはそちら方面も充実させていかなければと思って。手始めとしてお菓子職人の皆さんに来てもらったのよ。それでこの島で暫く生活していたリーナさんに試食してもらっていたの」

 

「………」

 

「食の楽しみは士気を維持する為にも重要だと思います」

 

 

 咄嗟に言葉が出てこない深雪に代わり、達也が当たり障りのない応えを返す。真夜は「そうでしょう」と言わんばかりの表情で頷いて、ソファから立ち上がった。

 

「深雪さんも如何?」

 

 

 真夜が深雪を手招きする。「ここに座れ」という意味だろう。戸惑う深雪が、達也の顔を見上げる。達也が小さく頷くのを見て、深雪は真夜がそれまで座っていた席に移動した。

 一方真夜は、部屋の奥に置かれたデスクの向こう側、一際立派な革張りの椅子に座った。高い背もたれに身体を預け、ゆったりとした姿勢で真夜が達也に目を向ける。その視線に応じて、達也がデスクの前に立つ。

 

「チャンドラセカール博士とのお話はどうでした?」

 

「興味深いものでした。母上は内容をご存じなのですか?」

 

「もちろん前以て、聞かせていただきましたよ」

 

 

 つまり、チャンドラセカールのプランに達也が協力することについて、真夜は了解済みだということだ。この場で、もっとはっきり言質を取っておくこともできるだろう。だが達也は、あえてそれを求めなかった。命令という形で将来の行動を縛られたくなかったからだ。

 

「了解しました」

 

 

 達也はただ、それだけを付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と真夜が部屋の奥で会話をしているのを気にしながらも、深雪は試作品を口に運び舌鼓を打っていた。

 

「これはなかなかレベルが高いわね」

 

「深雪がそんな風に言うなんて、相当ハイレベルなものなのね」

 

「リーナだってそれくらいは分かるんじゃないかしら?」

 

「残念だけど、私には美味しいかそうじゃないかくらいしか分からないわよ。どれくらいのレベルのお菓子職人たちがこの島に呼ばれてるかなんて分からないわ」

 

「そうなの? USNAではあまり食べてこなかったの?」

 

「私はUSNAでは軍人だったから、嗜好品を楽しむ時間なんて無かったわよ。いくら年齢的には女子高生と変わらないといっても、私はスターズの総隊長だったんだから」

 

 

 少し寂しそうに言うリーナを見て、深雪は申し訳なく思い頭を下げる。彼女がスターズの総隊長だったことを忘れていたわけではないのだが、暫く一緒に生活していた所為でリーナがそのことを気にしていることを失念したのだ。

 

「別に深雪が申し訳なく思う必要は無いわよ。私が自分の意志で軍に入って、自分の意志で軍と別れるって決めたんだから」

 

「そう……でも貴女を逃がす為に代わりに捕まったカノープス少佐や他の人たちを見捨てるわけじゃないんでしょう?」

 

「当然よ! と言いたいところだけど、現状私がベンたちを救い出す手立てはないわよ……」

 

 

 先ほどよりも深く肩を落とすリーナ。彼女はカノープスのことを頼りになる同僚としてだけではなく、父親のように感じていた節もあるので、彼が自分の代わりに捕まっているという状況が心苦しいのだ。だが自分で言っているように、彼女にはカノープスたちを救い出す手立てはなく、達也にできればという条件で依頼することしかできない。

 

「それにしても、真夜と達也は何を話しているのかしら。さっきまでの話を聞きたいというような雰囲気ではないし」

 

「叔母様と達也様との会話に、私たちが呼ばれていないのを考えれば、きっと分かるんじゃないかしら」

 

「うーん……達也が考えていることもだけど、真夜が考えていることも私にはよく分からないわ」

 

「それはそうでしょうね。ずっと一緒にいる私でも、達也様の考えをすべて理解することはできないもの」

 

 

 早合点で怒ろうとしたリーナだったが、深雪が少し悔しそうにしているのを見て浮かせかけていた腰を下ろし、何とも言えない表情でケーキを口に運ぶのだった。




甘いものに目がないのは仕方がないよなぁ……

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