達也は深雪、兵庫と共に、同じビルの応接室に向かっていた。案内をしているのは堤琴鳴。四葉分家・新発田勝成のガーディアンであり婚約者でもある女性だ。リーナは「話を聞きたい」と真夜の意志で先程の部屋に居残りだ。真夜の面接が終わればすぐに、合流することになっている。琴鳴が応接室の扉をノックする。応えはすぐに返ってきた。
「勝成さん、達也さんと深雪さんをお連れしました」
正確に言えば、達也と深雪以外に兵庫もいる。だが勝成が、というより「客」が待っていたのは達也だけだ。四葉家次期当主の婚約者である深雪は無視できないとしても、兵庫を数にいれなかったのが傲慢・無神経とは言えないだろう。
「どうぞこちらへ」
勝成が立ち上がって達也たち三人をソファへ誘導する。向かい合わせに置かれた三人掛けのソファ、その一方の前には肌の色が濃く目鼻立ちがはっきりしている、推定四十代半ばの女性が、その後ろには二十代半ばと思われる、ココア色の肌で背が高い、スレンダーな美女が立っていた。年長の方の女性の顔を、達也は知っていた。
「(アーシャ・チャンドラセカール博士……?)」
インド・ペルシア連邦の魔法研究の中心地、旧インド中南部のハイダラーバード大学教授で、同国における魔法工学分野の第一人者。戦略級魔法アグニ・ダウンバーストの開発者。
「(インド・ペルシア連邦のVIPが何故ここに?)」
達也は疑念を押し隠してチャンドラセカールの正面に移動した。深雪はその隣、兵庫は深雪の背後だ。
「教授。こちらが司波達也、そして司波深雪です」
勝成がまず、達也と深雪をチャンドラセカールに紹介する。
「達也君、深雪さん。こちらはインド・ペルシア連邦ハイダラーバード大学のアーシャ・チャンドラセカール教授でいらっしゃる」
そして間を置かず、達也たちに目を向けてそう付け加えた。
「お目に書かれて光栄に存じます。司波達也です。ご高名はかねてよりうかがっております」
「こちらこそ、お会いできて嬉しく思います。アーシャ・チャンドラセカールです」
チャンドラセカールが手を差し出す。達也は控えめにその手を握った。
「司波深雪です。よろしくお見知りおきください」
「こちらこそよろしく」
深雪とチャンドラセカールが握手を交わしたのを見届けて、勝成が三人に座るよう勧める。チャンドラセカールの背後に立っている女性は、そこを動かなかった。説明されるまでもなく、彼女はチャンドラセカールの護衛だと分かる。
達也は彼女を一瞥しただけで正体を探るようなことは言わなかったが、チャンドラセカールの方から、彼女の素性を明かした。腰を下ろそうとする動作を中断して、チャンドラセカールは背後へ振り返った。なお、達也と深雪は年長の科学者が腰を掛けるのを待っている状態だ。
「彼女は」
そう言って、達也に視線を戻す。
「アイラ・クリシュナ・シャーストリー。私の護衛で、この三月に『アグニ・ダウンバースト』を会得したばかりの非公認戦略級魔法師です」
チャンドラセカールの言葉に深雪が目を見開いて息を呑む。
「司波達也です」
達也は眉一つ動かさず、アイラに会釈する。アイラは無言で、達也に会釈を返した。
チャンドラセカールが微笑みを浮かべたままソファに腰掛ける。続いて達也と深雪がその向かい側に座り、勝成はサイドに置かれたスツールに腰を下ろし、琴鳴がその背後に立つ。こうして、達也とチャンドラセカールの会談が始まった。
真夜の背後には葉山が控えているが、リーナのサイドに味方はいない。リーナ的には、孤立無援そのもの。しかも相手は『極東の魔女』『夜の女王』の異名を取る魔法師だ。リーナもまた、戦略級魔法師として世界最強の一角に上げられている。しかし真夜は「防御不能」「対人戦ならば戦略級魔法を凌駕する」と噂される特殊な魔法の遣い手。今は敵ではないと分かっているが、リーナとしては、緊張せずにはいられないシチュエーションだ。
「東京の生活にはもう慣れましたか? 去年の冬とは勝手が違うでしょう?」
話しかける真夜の表情は、とりあえず友好的だった。
「大丈夫です。深雪も達也も良くしてくれますから」
リーナは自分に「怖がるな」「警戒し過ぎた態度を見せるな」と言い聞かせながら、笑顔を作って答える。婚約者の母親相手に何故ここまで緊張しなければならないかと内心思いながらも、相手があの『四葉家当主』なのだから仕方ないと思いながら。
「深雪さんの護衛を引き受けてくれて、本当にありがたいと思っているのですよ」
「私の方こそ、ステイツから匿っていただいていることには感謝の念が絶えません」
「達也さんの婚約者の一人なのだから、当然ですよ」
葉山がいつの間にか、ティーカップとグラスを用意してローテーブルに置いた。ティーカップは真夜の前に、リーナの前にはアイスティー入りのグラスだ。
「冷たいお紅茶で良かったかしら?」
「はい、ありがとうございます」
リーナはすぐに、ストローに口をつけた。他意の無い印に、というより、緊張で喉が渇いていたのである。
ほんとリーナは警戒心が薄い……