劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2033 / 2283
荒業使ってます


師弟対決終了

 達也は身体の周りに、想子の鎧を展開した。接触型『術式解体』。だが魔法式の大蛇は、砕け散らなかった。吹き飛びもしなかった。ただ想子の鎧の周りに絡みついているだけだ。そして幻覚をもたらす効果が、鎧を構成する想子の中に浸透している。

 達也は接触型『術式解体』を解除し、『術式解散』を発動する。今度こそ、幻覚の魔法式が霧散した。達也は『変わり身』に騙されないよう、八雲のエイドスを「眼」で探した。発見した八雲の情報体は九つ。一つが本体で、八つは分身だろう。『九重』の苗字と九重分身。象徴的な符号だ。達也は分身を消し去る情報体分解の魔法を放つのではなく、九つの情報体へ同時に『分解』を放とうとした。彼の同時照準可能数は今や三十二まで増加している。分身を消して本体に狙いを定めるという二ステップの手順を踏むより実体と分身の全てを同時に狙う方が、タイムラグが発生せずに確実だ。

 しかし達也が九つの情報体を特定した直後、再び幻術の大蛇が襲いかかってきた。八雲は老練な戦闘魔法師だ。達也から攻撃されるのを黙って待っているような、のろまではない。

 達也が『術式解散』で幻術を無効化する。そして再び、八雲のエイドスを分身ごと把握する。達也が魔法の照準を定めようとする直前、またしても幻術が襲ってくる。

 この攻防が何度も繰り返された。おそらく、達也の魔法発動速度と八雲の魔法発動速度が全く同じなのだ。だから、一旦先手を取った八雲に、達也の魔法構築が追いつかない。八雲が攻撃できない代わりに、達也も攻撃できない。

 このままでは千日手。ただ時間だけが過ぎていく。そして無為な時間経過は、この戦闘において八雲の勝利、達也の敗北を意味する。

 幻術が襲いかかり、幻術を消す。幻術を消すのに『術式解散』を発動する手間を取られている限り、達也の方から攻撃する時間は取れない。幻術を破る為には、攻撃を諦めなければならない。

 

「(……何故、幻術を破る必要がある?)」

 

 

 達也は意識の、魔法を行使する意志とは別の部分で、ふとそう思った。

 

「(幻術を破らなければ『欺身暗気』を受けてしまうからだ。肉体に痛みを負ってしまうからだ)」

 

 

 そして、彼の思考主体が反転する。

 

「(何故、痛みを負ってはならない? 痛みがあっても、実際の運動機能に損傷を受けるわけではない。ただ、痛いだけだ。感じるだけの痛みなど、俺は慣れているではないか)」

 

 

 達也の『再成』は、遡及する過程で対象が取得した情報を一瞬に凝縮して認識する。傷を治す場合は、傷を負ってから『再成』時点までに蓄積された痛みを一瞬に凝縮して追体験する。致命傷の激痛を、その何十倍、何百倍もの激しさで、自分自身のものとして体験してきた。何百人もの痛みを、何十倍にも何百倍にも増幅して体験してきた。

 

「(痛みは、無視すれば良い)」

 

 

 達也はそう思った。決心してみれば、簡単なことだった。

 胸を貫かれた激痛が達也を襲う。達也は構わず、『分解』を二重発動した。八雲の本体と分身体、九つの情報体の右肩付け根を覆う情報強化を分解する。本人と分身の、その部分だけが無防備となった。

 タイムラグゼロで、肉体組織を分解する。皮膚を分解し、筋肉を分解し、血管と神経、その他直線状にある全ての組織を分解し、右肩付け根に、細い穴を穿つ。

 八雲の気配が揺らいだ。情報次元で分身が消え、本体が残った。同時に、八雲の姿が肉眼の視界に現れた。片膝を付く八雲の前に、達也は瞬時に移動した。そして『分解』を待機させた手刀を、八雲の喉に突き付ける。

 

「――師匠、決着がつきました」

 

「――認めるよ。僕の負けだ」

 

 

 達也の瞳から殺気が消えている。彼は本気で八雲を殺そうとしたわけではなく、この勝負は終わりだと告げる為に『分解』を待機させた手刀を突き付けていたのだ。

 

「いえ、俺の負けです。――水波は日本を離れました」

 

 

 八雲を無力化した直後、彼は「眼」の焦点を水波に合わせ直した。そして彼女が、既に日本の領海外に出てしまったことを知った。公海の船上では、船籍国の主権が通用される。民間船舶では無視されがちな原則だが、軍用艦艇では容易く国家間紛争の火種になる。安易な手出しは、不可能となった。

 

「そうか」

 

 

 八雲は、笑わなかった。何時もの内心が読めない曖昧な笑みすら浮かべず、その代わりに一仕事を終えたという疲労感を漂わせている。

 

「師匠」

 

 

 達也はそう言って、八雲の右肩に手を伸ばした。一瞬で、八雲の身体を穿っていた穴が消える。

 

「済まないね」

 

 

 八雲が苦笑いを浮かべる。二人の間に、何時もの空気が戻っていた。

 

「理由を伺っても良いですか」

 

「君の邪魔をした理由かい?」

 

 

 八雲の反問に、達也は無言で頷き返す。

 

「良いよ」

 

 

 八雲は地面に座ったまま、あっさり頷いた。まるでもう邪魔をする理由もないと言わんばかりの反応に、もしもの時は問い詰めるつもりでいた達也の方が事の展開について行けないような表情を浮かべるが、すぐに表情を改め八雲の言葉を待った。




ダメージ無視は最強だな……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。