劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2019 / 2283
光宣も普通に優秀な科学者になれただろうに……


光宣の新魔法

 小田原に着いた光宣は駅で自走車を降りた。水波も一緒だ。二人は当然、顔を変えているが『仮装行列』による変身ではない。周公瑾が隠れ家に用意していた小道具を使った変装だ。『仮装行列』は現在、二人の位置を偽装する為だけに集中して使っている。

 自走車は九島真言から譲り受けたアンドロイドに『仮装行列』で光宣と水波の個体情報を貼り付けて、海岸線沿いから東に向かわせている。最終的には逗子に入ったところで自爆するよう設定しておいたが、多分その前に捕捉されるだろうと光宣は考えている。光宣と水波が向かう先は横須賀。自走車の進路と、方角はほぼ同じだ。追っ手を撒くのが目的なら全く違う方向へ向かわせるのが、常識的には正解だろう。だが今回は、進路が重なっていることに意味がある。

 

「(『仮装遁甲……上手く働いてくれるといいけど……』)」

 

 

 達也の目を誤魔化す為には『仮装行列』と『鬼門遁甲』を融合させた魔法が必要だ、と考えて急遽組み上げたのが『仮装遁甲』。急拵えの、間に合わせの術式だという自覚はある。だが光宣が限られた時間で、全力を傾けて工夫した魔法だ。その簡単には見抜かれないという自負も、光宣の中には確かに存在した。

 『仮装遁甲』が達也を欺けるかどうか。それは、逃げて見ないと分からない。既に自走車は光宣たちを置いて発進した。彼が逃亡を成功させる為に知恵を絞って組み立てた仕掛けは、作動を始めている。

 

「(賽は投げられた。もう迷っている段階ではない。後は、行動するだけだ)」

 

 

 達也の『精霊の眼』がどの程度の威力なのか分からないという不安はあるが、光宣はここまで来て迷っている場合ではないと考えなおし、気合いを入れ直して水波の手を取ろうとして――急に恥ずかしくなって手を引っ込めた。

 

「水波さん、行くよ」

 

「はい、分かりました」

 

 

 不自然にならないように声をかけてから、光宣は水波を連れて個型電車に乗り込み、行き先を『横須賀軍港前』に設定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は小田原まであと少しというところで、水波のエイドスが分裂したのを観測した。

 

「(どういうことだ?)」

 

 

 これが高速道路でなければ、彼はバイクを路肩に停めていただろう。達也は運転モードをセミオートに変更して、この不可解な現象へと思考を向けた。

 

「(相変わらず、座標は特定できない。ある一点ではなく、存在可能範囲の広がりでしか分からない。だがその不確かな位置情報が、さらに、二つに分かれて移動している?)」

 

 

 これは『仮装行列』でも『鬼門遁甲』でもないと、達也は感じた。両者の特徴を兼ね備えている。二つの魔法を同時に行使しているのではなく、『仮装行列』と『鬼門遁甲』を融合させたような印象を達也は得ていた。

 

「(光宣が新しい魔法を創った?)」

 

 

 もしそうなら、光宣はこの短時間で九島烈の数十年を乗り越えたということだ。絶対にあり得ない話ではない。他ならぬ達也自身も、僅か一週間足らずで『アストラル・ディスパージョン』の完成に近づいているのだから。

 

「(いや、今重要なのは、そこではない)」

 

 

 しかしこの状況で問題にすべきは、使用された魔法の開発期間ではなかった。達也は考察が脇道に逸れそうになる自身を戒めた。

 

「(水波のエイドスは――水波は何処にいる?)」

 

 

 結局、突き止めなければならないのはこの一事に尽きる。達也は運転を機械に委ね、自分は意識を情報次元へ向けた。

 

「(一つは、海岸線沿いの道路を移動している。もう一つは……同じ道路上? いや、都市間列車の軌道上……か?)」

 

 

 達也の『眼』では、偽装に隠された実体を見極めることができなかった。方向が同じである為に、可能性の広がりによって二つのエイドスの差異が呑み込まれている。

 

「(――まずは、分岐点に向かう)」

 

 

 水波の位置情報を示す「面」が分岐したのは、小田原駅の辺りだ。達也はセミオートを手動運転に戻して、バイクを小田原駅に向け――ようとしたところで通信が入った。

 

『あっ達也くん、今ちょっといいかな?』

 

「エリカ? 何かあったのか?」

 

『うん、ちょっと……』

 

 

 エリカの声音から非常事態であることはすぐに理解できた。そして数日前に夕歌や亜夜子から伝えられていた情報を思い出し、すぐ幾つかの可能性を頭の中で纏めてエリカに尋ねる。

 

「美月が攫われでもしたか?」

 

『いや、美月は襲われたけど間に合った。でもほのかが……あれ? 達也くん、現状を知ってるの?』

 

「いや、何があったのかは知らないが、USNAの工作員がうろうろしていたのは聞いている。最悪な状況にならないよう手は打ってあったが、ほのかがどうしたのか?」

 

『ちょっと薬を投与されたらしくて……三、四時間は付き添っておこうと思ってるんだ』

 

「ほのかは今日、エリカたちと一緒じゃなかったのか?」

 

『以前住んでたマンションに荷物が届いたって通知が来て、一人で取りに行ったんだけど……』

 

「それが罠だったというわけか」

 

『そうみたい。達也くんの執事って人がほのかを乗せて病院に向かってくれたから、今は大丈夫だけど。一応、報告だけ』

 

「あぁ、あとで見舞いに行く」

 

 

 病院の場所は兵庫に聞けば分かるので、達也はそれだけ伝えて通信を切り、今度こそバイクを手動運転に切り替えて小田原駅へと向かった。




色々と問題山積み

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