劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2017 / 2283
ちゃんと働かないと


第三勢力

 全員が会議室から執務室に逃げ込んだ直後、見張りに立っていたイギー・ホーがアサルトカービンを抱えて執務室に飛び込んできた。彼らは銃器を日本に持ち込んでいない。恐らく、襲ってきた敵から奪った物だ。

 

「敵、多数!」

 

 

 イギーは腹から血を滴らせている。銃による傷、しかも致命傷だと、この場にいる全員が一目で理解した。銃声が全く聞こえなかったのは、敵が高性能のサプレッサーを使用しているからだろう。

 

「(それだけの装備を使用可能な戦闘集団。警察ではあるまい。恐らく、軍だ)」

 

 

 アル・ワンがそう考えていると、表で爆発音が轟いた。証拠隠滅用に自作した爆弾の音だ。イリーガルMAPでは作戦地域に潜入した後、この爆弾を最優先で製造することになっている。今の爆発音はゲイブ・シュイが自分の脳から情報が漏れないように自爆したのだと、分からぬ者はいなかった。

 

「離脱する! イギー、わかっているな」

 

 

 アル・ワンは部屋にいた七人の隊員に逃亡を命じた後、イギー・ホーの目を見て念を押す。イギーは掌に収まるサイズの爆弾を取り出し、口にくわえて、笑って見せた。

 アル・ワンは人質用に誘拐したほのかを連れ出そうともせず、代わりにイギーの手からアサルトカービンを受け取って、地下の荷物配送用チューブへと逃げ込む。

 執務室の扉が蹴破られるのと同時に、イギー・ホーは自分の頭を吹き飛ばす爆弾の起爆スイッチを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカは覆面パトカーの中で、前方に小さな、だが紛れもない爆発音を聞いた。隣に座るレオに顔を向けると、レオもちょうどエリカの方へ振り向いていた。二人はアイコンタクトで、自分の耳に届いた音が幻聴ではないことを確認し合った。

 

「何が起こってるの?」

 

「我々とは別の組織が誘拐犯のアジトに突入したようです」

 

 

 エリカが緊迫した声で助手席の東海林に尋ねると、東海林も緊張を隠せていない声で答える。

 

「別組織? 警察じゃないのね?」

 

「公安という可能性もゼロではありませんが……」

 

「国防軍」

 

「おそらく」

 

 

 エリカの断定的な推測に、東海林も頷く。車中に、それ以上の会話は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覆面パトカーが停まった先に、アサルトスーツを着用したSMATの隊員たちが人垣を作っている。彼らと向かい合うようにして、アサルトカービンを携えた国防陸軍の兵士が横列隊形を取っていた。銃口はSMATの方ではなく、空へと向いている。

 兵士の隊列が左右に分かれ、その間から二人の若い女性が歩いてくる。片方は高校の制服姿だ。

 

「ほのか!」

 

 

 その少女が攫われた友人に間違いないと認めてエリカが駆け出す。レオもそのすぐ後ろに続いた。

 

「ほのか、どうしたの!? あたしが分からないっ?」

 

 

 ほのかは駆け寄るエリカにぼんやりとした目を向けるだけだ。そのただならぬ様子に、エリカが顔色を変える。

 

「薬によって一時的に精神機能が麻痺しているだけです。調べたところ、後遺症が残るような薬物ではありません。ですから、大丈夫ですよ」

 

 

 そんなエリカを安心させようと、隣に付き添っている女性軍人が笑みを見せながら説明する。その女性下士官の顔に、エリカもレオも見覚えがあった。

 

「あんたは、伊豆の時の!」

 

 

 叫ぶレオに、遠山つかさはにっこりと笑い掛けた。

 

「何でアンタが光井を助けに……」

 

 

 遠山つかさの本名は十山つかさ。二十八家の一つ、十山家当主の娘で、国防陸軍情報部所属の曹長だ。彼女は今年の五月、部隊を率いて、伊豆の別荘に引っ込んでいた達也の襲撃を企てた。エリカとレオは、幹比古、ほのかと協力してそれを阻止した。その際に二人は、遠山つかさ個人と直接戦ったという経緯がある。つかさの顔を知っているのはそのためだ。

 情報部の任務を邪魔され、個人としても苦杯を舐めさせられた相手に、何も思うところがないはずはない。だがつかさの笑顔は、そういう負の感情をまるで感じさせないものだった。

 

「私の所属は防諜セクションです。外国の諜報活動や破壊工作を阻止することが本来の任務なんですよ」

 

「……仕事に私情は持ち込まないってわけ?」

 

 

 胡散臭いと感じていることが丸わかりな口調でエリカが問う。レオはつかさの笑みに偽りを見出せなかったが、エリカは同性だからか、違うようだ。

 

「実は、個人的な動機もあります。この任務で伊豆の失態を挽回してこいと、上司に命じられまして。救出対象が誰かなんて、考えていられなかったんですよ」

 

「……あっ、そう……」

 

 

 あっけらかんとした内情曝露に、エリカは気勢を殺がれた。元々、自分たちの手でほのかを取り戻すことに拘りがあったわけではない。先程の戦いで、暴れ足りないということもなかった。とにかく、ほのかは助け出せたのだ。文句をつける筋合いでは、少なくとも表面的には何処にも無かった。

 

「……ほのかに治療は必要なの?」

 

 

 とりあえず聞いておかなければならないことは、これくらいだ。

 

「必要ありません。三、四時間で薬の効果は抜けますよ」

 

 

 今はこの言葉を信じて、四時間くらい側についていよう。それで回復しなかったら、その時は改めて医者に診せれば良い――エリカはそう思った。




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