劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2015 / 2283
虫の居所が悪いと大変……


エリカの機嫌

 深雪との通話を終えた十分後、エリカは大和市の外れに来ていた。第三次世界大戦中に米軍が世界展開を止める前は、アメリカ海軍の飛行場があった辺りだ。USNAとなったアメリカ軍が本国に引き上げたことにより、この飛行場は国防軍の空軍基地に吸収された。同じく首都圏にある座間基地のように共同利用基地にはなっていない。国防空軍が占有する基地だ。

 とはいえ、アメリカが日本の同盟国であることに変わりはない。たとえ裏で敵対していても、一般市民はその事実を知らない。この街にアメリカ人がいても珍しいとは思われない。

 

「ましてやアイツら、見た目は日本人と区別が付きにくかったからね……」

 

 

 個型電車の駅を出たエリカが忌々しげに呟く。現地の住民と区別が付きにくい兵員を工作員に選ぶのは当然の配慮であり、日本人とは異なる特徴を持つ民族的外見の工作員を日本に送り込んできたとすれば、それはなめられているということに他ならないだろう。ただ、そんな理屈はエリカにとって、何の慰めにもならなかった。

 

「そこらに伏兵とか歩いていないでしょうね……」

 

 

 隠れている敵よりも、歩行者が突如敵となって襲いかかってくる方が精神力を消耗させる。隠れている敵は見えない所に神経を配っていればいいが、見えているのに分からない敵は視界の全てを警戒しなければならない。

 

「気にしても仕方ないと思うぜ」

 

 

 ピリピリとした雰囲気をまき散らしながら鋭い視線を左右に投げているエリカを、レオが何時も通りのおおらかな口調で窘める。

 

「敵のアジトは分かってるんだ。いるかいないか分かんねぇ伏兵より、そっちに集中すべきだろ」

 

 

 エリカはムスッとした。見るからに気分を害した顔でそっぽを向いた。

 

「……エリカ?」

 

「レオに正論を説かれるなんて……一生の不覚だわ!」

 

「おいっ!? もう一生分の不覚を使い果たしたのかよ!?」

 

 

 レオの抗議兼ツッコミに、エリカは一層はっきりと顔を背けた。

 

「(あぁくそっ! めんどくせぇ! というか、エリカの機嫌を取るのは達也の仕事で、地雷を処理するのは幹比古の仕事じゃねぇのかよ。なんで俺が……)」

 

 

 達也は光宣追跡の為この場には来られないとレオも分かっているし、幹比古は美月を家まで送った後そのまま警察の事情聴取に付き合う段取りになっている。だからレオが心の中で悪態を吐いたのは、彼なりの分別――というより、直感に基づくブレーキが反射的にかかったお陰だ。口に出したなら「面倒臭い」ではすまない事態に陥っていただろう。

 本来ならエリカもレオも警察への対応に残っていなければいけなかったのだが、ほのかのことが心配だったエリカは千葉道場のコネを使って門下生の警官を電話で呼び出し、美月の家に向かわせて、自分一人でも深雪に教えられた場所へ向かうと言い出したので、レオが付き添いを買って出たのだ――というより、自分が残るよりも幹比古が残った方が美月も嬉しいだろうと、彼なりの気遣いから申し出たのだが。

 

「エリカ! タクシーを拾うぞ!」

 

 

 レオが自棄気味の大声でエリカに話しかける。ほのかが監禁されている場所まで徒歩で行けないこともないが、できる限り急いだ方がいい。相変わらずエリカの反応は無かったが、幸いなことに気まずい空気は第三者の介入で強制終了した。

 

「エリカお嬢さん!」

 

 

 急ブレーキをかけてエリカとレオの前に停まった自走車の中から、二十代後半から三十代前半の男性が叫んだ。

 

「東海林さん?」

 

 

 助手席の窓から顔を出したその男を見て、エリカが軽く目を見張る。車こそ普通のセダンだったが――少なくとも外見は市販車そのままだったが、その男性はSMATのアサルトスーツを着ていた。

 

「東海林さん、SMATに入隊したんだ」

 

「ええ。先月研修を終えて、今月から着任しました」

 

 

 このやり取りを傍で聞いていて、レオは二人の関係をだいたい把握した。この東海林という男はSMATの隊員で、千葉道場の門下生なのだろう。エリカが合流すると聞いて迎えに来た、というより、迎えを押し付けられたに違いない。

 

「(もしかしたらこの人も「親衛隊」のメンバーなのかもしれないな)」

 

 

 レオはそれを初めて聞いた時、にわかには信じられなかった。千葉道場には『エリカ親衛隊』という集団が存在していてエリカを姫将軍のように崇めているのだ。単なる「姫」でないのは、説明不要だろう。

 その忠誠心は、もしかしたら師匠であり道場主であるエリカの父親に対するものより強いかもしれない。彼らの団結力は去年の冬の『吸血鬼事件』の際、レオは自分の目で確かめている。そんなことを考えながら眺めれば、気のせいかエリカに向けられた東海林隊員の目には崇拝が込められているように見えた。

 

「本官のことより、早く乗ってください。既に突入態勢は整っております」

 

「そうね。レオ、行くわよ」

 

 

 さっきまでの不貞腐れ顔は何処へやら。エリカはさっさと覆面パトカーに乗り込むと、後に続くようレオを促した。

 

「分かってるっての」

 

 

 レオはそう悪態を吐いてから、内心ほくそ笑みながらエリカに続く。普段は鬱陶しいとか思っている親衛隊のことを、エリカも気に掛けているのかと分かり、何となく嬉しくなったのだろう。




地雷処理は大変だなぁ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。