劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2011 / 2283
このくらいは最低限ですから


深雪からの譲歩

 エリカの前に、レオ、幹比古、美月が上がってくる。美月は幹比古の魔法で一緒に、レオは土手の急斜面を魔法ではなく脚力で登った。幹比古の魔法が、川の水に浸かっていた三人の汚れを落とし、水気を乾かす。さっぱりしたところで美月がホッと安堵の息を吐く。彼女の膝がカクッと折れた。幹比古が慌てて手を差し出す。美月は幹比古の腕に捕まって、何とか転倒を免れた。

 

「ご、ゴメンなさい……」

 

「極度の緊張状態から解放されて、足腰に力が入らなくなってるのよ。暫くそのまま、ミキに捕まっていた方が良いわ」

 

 

 この時ばかりは二人を冷やかすこともなく、エリカは真面目な口調でアドバイスした。美月と幹比古、二人は揃って恥ずかしそうに俯き、エリカとレオは「仕方ないなぁ」と言わんばかりに、別々に、かつ同時に頭を振った。

 そこでお互いに、全く同じ反応に及んでいたことに気づく。とはいえさすがに二人とも、つまらない喧嘩をする気力が余っていなかった。

 エリカがレオから顔を背け、携帯端末を取り出す。通話モードで呼び出した相手はほのかだったが、繋がらない。エリカは険しい表情で今度は深雪にコールした。

 

『はい』

 

「あっ、深雪? あたし。エリカ」

 

『エリカ? なんだか焦っているようだけど、何かあったの?』

 

 

 随分と話が早い。エリカはそう思った。だがその疑問は後回しにして、今は質問に答えることにした。美月と幹比古が襲撃を受けたこと、相手は外見が東アジア系、名前が英語系だったこと、ほのかに電話を掛けたが繋がらないことを順番に、要領よく話す。

 

「……それで、深雪は大丈夫かなって」

 

 

 応えが返ってくるまでに、一秒程の時が経過した。

 

『……私は大丈夫よ。そう……美月も狙われたのね』

 

「何か知ってる?」

 

 

 美月も、と深雪は言った。つまり、他にも同じ目に遭った子がいるということだ。エリカはすぐにそう思った。

 

『ほのかが誘拐されたわ』

 

「……そういうこと」

 

 

 何かあったと予想していても、エリカは一瞬、言葉を失ってしまう。

 

『犯人は分かっていないけど、何処に連れていかれたのかは、ピクシーのお陰で分かっているの』

 

「……ピクシーって、そんなことができたの?」

 

『誰にでも、ではないけれど』

 

「ああ、なるほど」

 

 

 ピクシーにパラサイトが宿った経緯はエリカも知っている。ほのかとピクシーの間に特別なつながりがあるのだろう、ということは考えるまでもなくピンときた。

 

「じゃあ、あたしたちが迎えに行くよ」

 

『……危険よ』

 

「深雪も放っておくつもりはないんでしょ」

 

『それはそうだけど……』

 

「深雪やリーナが行くよりもいいと思うよ。相手はアメリカの工作員かもしれないんだし」

 

 

 電話回線の向こう側で、短い沈黙があった。

 

『ゴメンなさい、エリカ。私からかけ直してもいいかしら』

 

「良いよ」

 

 

 エリカの方から、通話を終える。彼女の端末に受信サインが点るまで、五分も掛からなかった。

 

『エリカ、私よ』

 

「うん、それで?」

 

『エリカの言う通りだと思うわ。美月を狙った相手は、USNAの非合法工作部隊である可能性が高いそうよ。ほのかを誘拐した犯人も、同じだと思う』

 

「それ、リーナの意見?」

 

『違うわ。でも私やリーナが行くべきではないというのも、エリカが言う通りなのでしょう。でもエリカたちだけで行かせることもできないわ。相手がアメリカ軍の工作員では、危険すぎる』

 

「こっちはもう一戦交えてるんだから、危険なんて今更よ」

 

 

 エリカが耳に当てているスピーカーから、小さなため息が漏れる。

 

『あえて危険を重ねる必要は無いのだけど……エリカは納得しないでしょうね』

 

「分かってるじゃない」

 

『自分たちだけで敵陣に突っ込むような真似はせずに、然るべき方たちと一緒に行動すると約束してくれるなら、ほのかが連れていかれた場所を教えてあげる』

 

 

 もう一度、エリカの耳に届くため息。これ以上の説得は無理だと思ったのだろう。深雪は条件付きで折れた。

 

「然るべき人たちって?」

 

『私の方からSMATに出動をお願いするから、現地で合流してちょうだい』

 

 

 SMAT.特殊魔法急襲部隊。一昨年の横浜事変に警察が対応できなかったことの反省を踏まえて組織された、警察内の戦闘魔法師を集めた組織だ。魔法師集団による民間人誘拐事件は、確かにSMATの管轄だろう。

 

「でも警察に騒がれるのはマズくない?」

 

 

 しかしエリカの言う通り、警察が大々的に動くことで誘拐された被害者の身が危うくなる可能性もゼロではない。

 

『私が教えなかったら、エリカは警察の力を借りるつもりだったのでしょう?』

 

 

 もっとも、エリカは警察に太いコネクションを持っている。ほのかの居場所を突き止める為に警察の力を借りることが彼女には可能だったし、SMATには長兄が事務職として携わっている。

 

「降参。深雪の言う通りにするよ」

 

 

 それを深雪に見抜かれて、エリカは白旗を揚げた。いや、この場合は「ほのかの救出を任せる」という妥協を深雪から勝ち取っているのだから引き分けか。

 

『地図データを転送するわね』

 

「……OK、受け取ったわ」

 

『気を付けてね、エリカ』

 

「任せなさい。ほのかを助け出したら、また連絡するから」

 

 

 そのセリフで、エリカは深雪との通話を終えた。




深雪が出撃したら、一瞬で氷の世界が出来上がる

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