警備を如何するかの結論が出たため、摩利はその事を服部に伝えにいくといって達也たちと別れた。そして達也たちは購買部に必要なモノを買いに行ったのだが……
「悪いわね、丁度在庫切らしちゃって」
「そうですか。仕方ありませんね」
運悪く必要なモノの在庫が切れてしまっていたので外に買いに行く事になったのだった。
「委員長や五十里先輩まで来られなくても、俺一人で大丈夫だったのですが」
「司波君一人に任せる訳にはいかないしね。それに、僕もサンプルを確認したかったし」
「啓がいくなら私も行くわよ。委員会は摩利さんが居てくれるし」
摩利は既に引退しているのだが、花音の中では未だに摩利は委員長扱いなのだ。まぁ達也も使えるものは何でも使う性格なので、花音の考えに異議を唱える事はしなかった。
「それにしても啓とデート出来るなんて思って無かったな」
「花音、これは学校の用事なんだから浮かれ気分じゃ駄目だよ」
「でも最近はあたしも啓も忙しくなってなかなか一緒に出かけられなかったじゃん。学校の用事だとか関係無く、あたしは啓と一緒に出かけられて嬉しいよ」
「花音……」
許婚同士が雰囲気を醸し出しているのを、達也は生暖かい目で見つめていた。完全に蚊帳の外だったのも関係してたのかもしれないが、それに気付いたのは達也が最も早かった。
「先輩」
「如何かしたのかい?」
「監視されているようなのでその雰囲気はマズイのではないでしょうか」
「監視?」
花音が周りを気にし始めたのと同じタイミングで物陰から煙幕と攻撃魔法が放たれた。狙いは三人の中心なのだが、達也だけは誰を狙ったのかを正確に把握していた。
「千代田先輩」
「任せて」
何者かに攻撃されかけたが、花音が咄嗟にその攻撃を跳ね返す。本来の魔法を使うわけにもいかなかったので達也は花音に任せたのだった。
「クッ!」
「待ちなさい!」
「花音、『地雷原』はマズイって!」
「でも逃げられちゃう!」
言い争ってる二人はかなり隙だらけだ。敵がその隙を見逃すはずも無くもう一撃攻撃魔法を放とうとしたのだが、魔法式は構築される前に霧散してしまった。達也が使っても怪しまれない魔法『術式解体』が起動式を破壊、攻撃を無効にしたのだった。
攻撃を諦めて逃げ出そうとスクーターに跨ってエンジンをかけたが、スクーターは前に進む事無くその場に留まっていた。五十里の魔法『伸地迷路』がスクーターを捉えており捉えるのは確実だと思われたその時……
「千代田先輩、避けてください!」
「うそっ……」
スクーターに積まれていたロケットエンジンを発動させた為にもの凄い噴煙が花音たちに襲い掛かり、爆音を残してスクーターはどこかに行ってしまった。もし五十里の魔法では無く花音の魔法で捕らえていたのなら、スクーターは爆発していたかもしれない。そもそもロケットエンジンを使って真っ直ぐ事故らずに進めたのも奇跡に近いのだが。
「なんてことするのよ……」
「花音、怪我は無いかい?」
「大丈夫。司波君が声をかけてくれたから何とか間に合ったわ」
花音にお礼を言われた達也だったが、彼の意識は花音たちにでは無く逃げて行った女子へと向けられていた。
「司波君? 攻撃してきた相手に心当たりがあるのかい?」
「いえ、そういう訳ではありませんが……ウチの二科生だったなと思いまして」
「そうなの?」
「制服が一高のものでしたし、エンブレムがありませんでしたので」
「良く見えたね。あの煙幕の中でそんなところまで見てるとはさすが風紀委員のエースね」
「花音、あんまり司波君にばっかり頼っちゃ駄目だからね」
またしても甘い雰囲気になりかけている二人を尻目に、達也はこの前小春から相談されていた事を思い出していた。
「(洗脳か? それとも別の何かで恨みを増幅されたのか……どちらにしても対処は簡単ではなさそうだ)」
この場に残っていた過去の存在から、達也は襲ってきた相手を特定していた。もちろんその事は五十里たちには言わずに、一人逃げていった相手を思っていたのだった。
スモークの張られた車に逃げ込んで、千秋は一人息を整えていた。奇襲が上手くいくとは思って無かったが、まさかあそこまで完璧に対処されるとは思って無かったのだった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。私の事は放っておいて」
周の仲間だと紹介された相手に心配されたのだが、千秋は素っ気無く返事をしてそれ以降相手をする事は無かった。
「(バレて無いよね。司波君だってあんな状況下で私を特定する事なんて出来ないだろうし)」
何で自分が達也に攻撃したのかを正確に理解してないのだが、操られた心は攻撃した事を正当化しようといろいろと考え始める。
「(司波君が悪いんだ。お姉ちゃんを見殺しにして魔法師として浴びるはずだった喝采を奪って行ったんだから……)」
論文コンペの準備を遠巻きに見ている限りでは、達也はあまりそういった名声とかに固執してるようには見えなかった。だけど千秋の中ではそれは演技だと思いこまされているのだ。
「(周さんが言うには、司波君は感情を表に出さない事に慣れている。だからあの仮面の下ではお姉ちゃんをあざ笑っているんだ)」
もし千秋が正常な状態だったのならばそんな事は思わなかっただろう。数日とはいえ達也と行動を共にして、彼の人となりは何となく掴んでいたのだから。
「(お姉ちゃん、待ってて。もうすぐ司波君にお姉ちゃん以上の絶望をくれてあげるから)」
誰もそんな事望んでないとは考えられない千秋は、車の中で一人決意を新たにしたのだった。
一方で千秋の心を操り自分は何もしなかった周は、陳が話しているのを影で聞いていたのだ。
「それで、例のものは」
「司波小百合が持っているようです」
「先日訪れた家の事は?」
「夫の連れ子が生活してるようです」
「義理の子供の機嫌を取りに行ったって事か。それで、その子供の名前は?」
「兄が司波達也、妹が司波深雪です」
「司波達也? 何処かで聞いた名前だな」
陳が達也の名前に聞き覚えがあったのは、周が千秋を使う際にその事情を説明していたからだ。その事を思い出して陳は悪い事を考えている顔で部下に命令する。
「内通者に連絡をしておけ。それと小娘への支援を強化。機密情報の漏洩が最も効果的な報復になると教えてやれ。あと小娘に武器を持たせろ」
そこで一旦言葉を切り、陳はとある男へと視線を向けた。
「呂上尉」
「是」
「現地で指揮を取れ。他所の犬が嗅ぎまわってるようなら排除しろ」
その言葉に虎のような雰囲気の大男が笑った。その姿を見て周りの人間が少し震え上がったのにも目もくれずに、その男は無言で去っていった。
そういえば三月が終わる……