劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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響子はちゃんと味方なのに……


藤林家の申し出

 達也は深雪と二人で、ではなく、リーナとミアを加えた四人で夕食のテーブルを囲んでいた。昨日もこの四人だった。一人暮らしを始めたリーナとミアを「落ち着くまでは」という口実で深雪が誘ったのだ。

 本音を言えば達也と二人きりの空間を邪魔されたくないという気持ちはあるが、水波がいなくなり精神的に不安定な自分を何処まで抑えきれるか分からないので、ストッパーとして二人を招いているのかもしれない。

 深雪の手料理は、今日も美味だ。そのことにリーナは、少なからずショックを受けている様子だった。本人に隠す気があるのかないのか不明だが「クッ……美味しい」などといいながらフォークを口に運んでいれば、何を考えているのか丸わかりだ。

 深雪に料理の教えを乞うのが悔しいが、自分一人ではどうしようもないと思っているのならまだいいが、深雪に対抗して明日の夕食を用意する、などと言い出せば部屋の中で魔法大戦が勃発しかねない……達也はそんな事を考えていた。動画電話の呼び出し音が鳴ったのは、達也がそんな失礼なことを考えているとリーナに覚られることなく、無事に食事を終えた直後のことだった。達也はまだ食事中の深雪を制して、リビングに移動し電話を取る。画面に現れたのは、直接話をしたことが無い、資料で顔と名前は知っている相手だった。

 

『司波殿、このような時間に失礼する』

 

「初めまして。藤林家の御当主殿ですね?」

 

『そうだ。私のことを知っていてもらえたようで、光栄だ』

 

 

 電話の相手は古式魔法の名門、藤林家当主・藤林長正だった。

 

「何時もお嬢様にはお世話になっております」

 

『いや。響子の方こそ、貴殿には何時も無理難題を押し付けてばかりいるようで、恐縮している』

 

 

 達也が持っている資料が正しければ、藤林長正は五十代半ば。深雪の父親より年長だ。丁寧とはいいがたい言葉遣いも、礼を失しているとは言えないだろう。

 

『この度は一族の者がご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ない』

 

「いえ、藤林家に責任があるとは考えておりません」

 

『そう言ってもらえるのはありがたいが、血の繋がりはなくとも、あの者は私の甥だ。当主の甥ならば、一族の人間。知らん顔など許されない。私は藤林家当主として、あの者を一族内で処断したいと考え、九島家の許可も得た』

 

「九島家が承諾したのですか」

 

 

 その報せは、達也にとって意外なものだった。九島光宣は当主の息子であり、先代当主を殺した仇だ。九島家は既に光宣の処分を師族会議に委ねているが、本音では他人に介入させたくないのだと達也は考えていた。

 

『だが司波殿は、ご自分もあの者の討伐に加わりたいとのご意向だと伺った』

 

「今回の件は、自分と光宣の対立に端を発したものです。この手でケリをつけるべきだと、自分は考えています」

 

 

 達也は誤解を招かぬよう、誤解される余地が無いよう、ハッキリと答えた。彼はこの件で蚊帳の外に置かれても良いとは、毛頭考えていなかった。

 

『当事者である貴殿の御心は尊重したいと、私は考えている。ついては九島光宣討伐のスケジュールを調節したい。私は明後日、七月十三日土曜日に青木ヶ原樹海に赴き、九島光宣を討ちたいと考えている。司波殿のご都合は如何か』

 

「明後日ですか」

 

 

 達也が即答しなかったのは『仮装行列』と『蹟兵八陣』を分析する時間がもう少し欲しいと本音では考えていたからだ。だが水波の状態が分かるとはいえ、一刻も早く救出すべきであるというのも事実。

 

「承知しました。お供させていただきます」

 

『ありがたい。では待ち合わせの場所、時間は司波殿にお任せする』

 

「分かりました。後程、お嬢様にお伝えします」

 

『それで構わない。当日はよろしくお願いする』

 

 

 藤林長正は画面の中で深々と一礼して、通話を切った。考えていた以上の急展開に、達也は改めて気持ちを引き締めようとして、こちらを興味深げに眺めている深雪に気が付いた。

 

「達也様、何かあったのですか?」

 

「藤林家当主が光宣討伐に加わるそうだ」

 

「藤林家が、ですか?」

 

「何か裏があるのかもしれないが、使えそうな物なら使う。邪魔をしてくるなら消す。それだけだ」

 

「一応、叔母様にご連絡しておいた方がよろしいのではないでしょうか?」

 

 

 深雪の言葉に、達也は少し考える素振りを見せてから頷く。

 

「そうだね。藤林さんに時間と場所を伝える前に、母上にも連絡しておく事にしよう」

 

 

 どうせこちらの予定など掴んでいるのだろうと思いながらも、達也は本家への連絡を怠って後でいろいろと文句を言われるのも面倒だと思い、そう答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也がそんな事を考えているのと、時を同じくして――

 

「真言殿、これでよろしかったのか?」

 

 

――電話を終えた藤林長正が、カメラの範囲外にひっそりと座っていた九島家当主、九島光宣の父である九島真言に、念を押すように話しかけた。

 

「ああ、これでいい。長正、手間を掛けるな」

 

「先ほど司波殿にも申し上げたが、血の繋がりはなくとも光宣は私の甥、一族の一員だ。知らぬ顔はできない」

 

 

 藤林長正の言葉に、九島真言が無言で頷く。仄暗く照明が抑えられた部屋の中に、暗い沈黙が蟠った。




頭の固い年寄りたち……

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