劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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不安になるのは仕方がない


光宣の不安

 一時間以上に及ぶ達也の攻撃が止み、光宣は大きく息を吐いて肩の力を抜いた。リクライニングチェアの背もたれを倒し、楽な姿勢で座っていたつもりだったが、知らず知らずのうちに力んでいたようだ。脱力して改めて、椅子に背中を預ける。

 今日の攻撃には、昨日のような圧力が無かった。光宣が本当にプレッシャーを感じたのは、終了直前の一回のみだ。それが光宣には不気味だった。もしかしたら攻撃ではなく、観察されていただけかもしれないとも思う。だからといって光宣は、楽観する気にはなれなかった。観察するだけだとしても、何か目的があったはず。もしかしたら光宣も気付いていない『仮装行列』の弱点を探っていたのかもしれない。達也の視線が消えたのは、探していたものを見つけ出したからかもしれない。

 しかし光宣は、自分が使う『仮装行列』に自信を持っている。第九研が開発した魔法に祖父・九島烈が改良を重ねて完成度を高めたのが、光宣が使っている『仮装行列』の術式だ。かつては祖父よりも祖父の弟の方が優れた『仮装行列』の遣い手だと言われていたらしいが、魔法式の改良を祖父が続けた理由はその評価を覆したかったからかもしれないと光宣は思っている。彼が知る「お祖父様」には、そういうプライドが高い一面があった。

 世界最巧と呼ばれた魔法師である祖父が心血を注いで完成度を高めた魔法だ。いくら達也でも魔法式事体に欠点は見つけられないと、光宣は思う。それでも、万が一の事がある。この場所は見つかっていないが、樹海に逃げ込んだことは達也にも十師族にも知られている。念の為、移動するべきだろう。今度は追跡されないようにして。光宣はそう考えた。

 呂剛虎を密入国させたのは国防軍の目を、あわよくば十師族の注意をそちらに向ける為だ。この細工を完全なものとする為に、光宣はリクライニングを起こし、デスクに向かって匿名通信のための専用アプリケーションを立ち上げた。

 

「(これで国防軍の目は完全に呂剛虎へ向くだろう。十師族も、一条や他の家はこちらに構う余裕が無くなる。問題は達也さんが呂剛虎を気にするかどうかだ……周公瑾の記憶が確かなら、達也さんと呂剛虎との間には浅からぬ因縁がある。その相手が密入国したと知れば、達也さんも僕だけに集中していられなくなるだろうか?)」

 

 

 水波に意見を求められれば、その答えは得られたかもしれない。だが光宣は水波をなるべく巻き込まないようにと考え、その事を確かめようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月十日、十七時。東富士演習場に隣接する基地に駐留している国防陸軍第一師団遊撃歩兵小隊、通称『抜刀隊』の宿舎には徒労感が漂っていた。彼らがこの基地に滞在している理由は、国防陸軍の元将官である九島烈を殺害したパラサイト、九島光宣を捕縛する為だ。ここに到着したのは七月三日。その日を含めて六日間は何の手掛かりも無く、基地で燻っているだけだったが昨日、十師族・十文字家からターゲットが青木ヶ原樹海に潜伏しているという情報を入手し、全員張り切って捜索に出動した。

 しかし、結果は空振り。徹底的な捜索にも拘わらず、隠れ家どころか轍一つ見つけられなかった。十文字家がガセネタを流したと疑う隊員はいなかったが、十師族も一杯食わされたのかと自棄気味に嘲笑う隊員は少なくなかった。

 小隊幹部の結論は「九島光宣は青木ヶ原樹海一帯に潜伏していない」、九島光宣捕縛ミッションは振出しに戻った。

 今日は全員で宿舎での待機が命じられている。自由な外出は出来ないが、実質的な休みだ。昼間から飲酒している隊員はいなかったが、前日の疲れもあってか、総じてだらけ気味だった。そんな彼らの許に、夕方になって、心身を引き締める報せが飛び込んできた。

 急遽ブリーフィングルームに集められた隊員たちの顔に、疲労の痕跡は残っていない。一日のオフを皆、有効に利用したようだ。急な招集に、ただならぬ事態を予感している、という面もあったに違いない。

 小隊長が登壇し、全員に着席を命じる。彼は前置きを短く済ませて本題に入った。

 

「およそ一時間前、当基地に宛てられた差出人不明の電文を受信した」

 

 

 隊員の三分の一近くが同僚と顔を見合わせた。ざわめきが生じる前に、小隊長の説明が続く。

 

「情報部で分析したところ、発信元は不明のままだがマルウェアの類は仕込まれていなかった。肝心の内容だが……」

 

 

 小隊長が言葉を切って着席している隊員たちを見渡した。緊張感がブリーフィングルームを満たす。

 

「大亜連合の工作部隊が、本日密入国した。狙いは我が国に亡命した戦略級魔法師、劉麗蕾の暗殺。工作部隊を率いているのは呂剛虎だ」

 

 

 今度こそ、ざわめきが起こる。正規の隊員たちと同様に集められていた千葉修次と渡辺摩利も、異口同音に「呂剛虎……」と呟いていた。

 小隊長から下された命令は、大亜連合工作部隊迎撃を支援すること。目的は第一に劉麗蕾を保護している小松基地の防衛、第二に呂剛虎の捕縛または殺害。

 そのために『抜刀隊』の半数が、別行動で小松に派遣されることになった。出発は明日。そのメンバーに修次と摩利も含まれていた。




考え違いも甚だしいんだよな……

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