劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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すぐに別角度で考えられるのが凄い


別角度からの観察

 マンションに戻った深雪は、一服する事も無くリーナを自室に引きずり込んだ。一高の校舎内で宣言した通り、リーナに試験勉強をさせる為だ。編入試験は明日。もう半日も残っていない。今から知識を詰め込んでもあまり意味は無いように思えるが、達也は止めなかった。深雪が言い出し、リーナが頷いたことだ。彼が邪魔できる筋合いではない。

 達也は今、一人でマンション内の訓練用フロアにある「瞑想室」に来ていた。ここはその名の通り、魔法訓練の一環として瞑想する部屋だ。瞑想はあくまでも魔法を制御する精神力を鍛える為の一手段でしかないが、意識を逸らす原因となる外部からの光、音、振動がカットされ、室内は一定の温度と一定以下の静寂に保たれている。高水準の精神集中を必要とする魔法を使うには都合のいい環境が整っていた。

 達也がこの部屋に来た目的は、言うまでもなく水波の現在位置の特定だ。ただ今日は昨日のように、光宣の偽装魔法を強引に突破する事は考えていない。

 昨日は最終的に『仮装行列』が解除された状態で水波の位置情報を手に入れたが、現地を捜索しても結局光宣の隠れ家は見つけられなかった。恐らくは周公瑾の手で構築された、隠蔽の魔法陣地を無力化する方法が見つからない限り、『仮装行列』だけを破っても意味はない、昨日の捜索で達也はそれを思い知った。

 ただ昨日は、有意義な成果もあった。水波の完全な座標情報は手に入らなかったが、それ以外の、彼女の現在状態に関する情報は入手できた。

 

『水波はまだ、人間のまま。パラサイトには、なっていない』

 

 

 情報次元経由でパラサイト化を阻止する方法は分かっていない。そんな事が可能かどうかさえ不明だ。しかし救出対象の無事を確認出来るだけでも、意義はある。まだ手遅れでないと分かれば、諦めや迷いで救出に取り組む気力が衰えることもない。

 達也はフローリングの床に直接腰を下ろした。八畳の広さがある部屋に、今は彼一人だ。手の届く距離に深雪がいないから『精霊の眼』の全能力を水波の捜索に注ぎ込むことは出来ない。だが昨日の経験から、深雪の身辺警護に知覚力のリソースを割いても、水波のエイドスにアクセス可能だと分かっている。達也は『精霊の眼』の空いているリソースをフルに動員して、水波へと「眼」を向けた。

 

「(肉体のデータは人間のままだ。想子波の形状にもパラサイトの特徴は現れていない。座標情報に変化はない。依然として青木ヶ原樹海、誤差およそ半径百メートル――座標が変わった? 光宣が俺の視線に気づいたか。だが『仮装行列』で妨害されていても、水波の身体情報を読み取る事は可能だな)」

 

 

 昨日は水波の居場所を突き止める事ばかりに意識を奪われて、他の点がしっかり認識出来ていなかったと分かる。昨日は冷静でなかったようだと、達也は反省した。

 光宣の魔法が僅かに揺らいでいるのは、こちらから攻撃を受けない事に戸惑っているのかと、達也は推測した。微かに安定性を欠いているお陰か、昨日よりも『仮装行列』の構造情報が明瞭に「視」えている気がする。

 

「(リーナの術式とはかなり違う……か? これなら……分解できるか? いや、まだ不十分だ)」

 

 

 昨日よりも光宣の魔法式を詳しく解析した手応えを達也は得ていた。だが魔法式の構造を分解するにはまだ足りない。もっと詳しい構造情報が必要だ。達也はさらに「眼」を凝らした。

 しかし、光宣の魔法が揺らいでいたのはそこまでだった。彼の『仮装行列』は安定性を取り戻し、構造情報を覗き見る「隙間」が閉ざされてしまう。達也は試しに、間接的な『術式解散』を放ってみた。「事象改変が行われた」という情報から、事象改変を引き起こしている情報体を分解する。情報体の活動記録から情報体そのものを分解する、これは達也がアークトゥルスの幽体と戦っている最中にインスピレーションを得たテクニックだ。この技術を発展させた先には「精神」という情報体を分解する魔法がある。

 

「(――ダメか)」

 

 

 今の達也では精神体どころか、所在を隠された魔法式を分解する事も出来ない。だが達也は前日の教訓から、焦らなかった。彼は一旦、捜索を中止する事にした。

 

「(観察によって詳細な情報が得られないなら、別の手段で魔法式の構造データを手に入れられないか?)」

 

 

 光宣が使っているのは九島家の術式。それは間違いないだろう。リーナの『仮装行列』と光宣の術式が違っているのは、リーナの祖父、九島烈の弟・九島健が渡米した後に、九島家で改良が加えられたからに違いない。光宣が独自のアレンジを追加していたとしても、それ程大きな違いは無いと思われる。いくら光宣が優れた頭脳の持ち主でも、九島家の――九島烈の長年にわたる工夫を超えるのは簡単ではないはずだ。

 九島家から『仮装行列』の魔法式を入手できれば、光宣の偽装を打ち破れる可能性が高まるではないか。達也は瞑想の姿勢を解いて床から立ち上がりながら、交渉の段取りについて検討を始めた。




達也だから出来る事ですね

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