劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ある意味達也の真骨頂だしな……


遠距離の攻防

 突如襲いかかってきた重圧に、光宣は思わず口からうめき声を漏らす。

 

「――クッ! ……何だ、今のは?」

 

 

 彼が感じたプレッシャーは、物理的なものではない。肉体が圧力を受けたのではなく、精神に与えられた強い圧迫感だった。

 

「(――っ!)」

 

 

 再び、プレッシャーが襲ってくる。二度目を予想していたので声は出さなかったが、心の中では強いストレスを覚えていた。到底無視できる重圧ではない。

 だが光宣は圧力の正体を探るより先に、『仮装行列』による位置情報の隠蔽が保たれているかどうか確かめた。彼は魔法を中断していない。しかし、魔法師が突発的なストレスに見舞われて魔法を途切らせてしまうのは珍しくない。

 

「(――えっ!?)」

 

 

 『仮装行列』は有効に機能している。魔法はまだ破綻していない。だがいつ壊れてもおかしくない状態だった。魔法式が、まるで風化したように脆くなっている。元々魔法式は、魔法師が制御を手放せば霧散してしまうものだが、光宣には『仮装行列』の制御を放棄した覚えはない。

 

「(こんな状態になっていると、何故気付かなかったんだ!?)」

 

 

 惑乱に陥りかけた頭で自問しながら、光宣は慌てて『仮装行列』に力を注ぐ。彼は術式の維持ではなく、同じ魔法の重ね掛けを選んだ。

 魔法で魔法を上書きするのは一般的に悪手だと言われている。上書きの都度、魔法が効力を発揮する為の事象干渉力が上昇していくからだ。

 しかし全く同じ結果をもたらす魔法であれば、重複発動しても要求される事象干渉力の増大は起こらない。エイドスの位置情報を偽装する新しい魔法式が壊れかけの魔法式を上書きし、『仮装行列』が堅牢性を取り戻したのも束の間――

 

「(クッ! また!?)」

 

 

 三度、プレッシャーが襲い来る。三度目は二度目よりも圧力が増していた。光宣は偽装魔法の状態を確認するより早く、『仮装行列』を再発動した。

 

「(……これは、達也さんの攻撃じゃないか?)」

 

 

 新たな『仮装行列』が効力を発揮するところまで確認し終えた光宣の脳裏に、そんな推測が浮かび上がる。達也は最上級の対抗魔法『術式解散』の遣い手だ。それを光宣は、自身で実際に体験して知っている。あの対抗魔法は、魔法式そのものを破壊する。情報次元に露出しているという魔法式の性質上、『術式解散』は防げない。

 だがターゲットとなる魔法式を直接照準出来なければ、『術式解散』は使用できないはずだ。それに『術式解散』による魔法式破壊であれば、こんな、ある意味中途半端な脆弱化にはならない。原理的に、魔法式は跡形もなく四散する。

 

「(でも『術式解散』でないとしたら、いったい何をされている……?)」

 

 自分が発動中の魔法式が脆弱化しているのは、感覚的に分かる。だが具体的に何が起こってどういう状態になっているのかまでは分からない。魔法は意識して組み立てるものではないからだ。自分自身の魔法であっても、構造の細部は分からない。全体としてどのようなもので、どう働くかが分かるだけだ。この点では光宣も普通の魔法師だった。

 

「――っ!」

 

 魔法式が破壊されそうになっている原因を推理しようとして、光宣は意識の少しを魔法式維持から割こうとしたが、それは実行されること無く終わる。

 四度目のプレッシャーが襲いかかってきたため、光宣にはじっくりと推理している余裕はなかった。放置すれば魔法式を崩壊へと導く圧力は、断続的に襲い来ている。光宣はこれに対処して『仮装行列』を重複発動し続けなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法による事象改変の痕跡を見つけ出し、情報を改ざんしている魔法式をその作用の記録から遡って消去する。結果は、達也にとって満足出来ないものだった。

 

「(……やはり、直接照準する場合のように上手くはいかないか)」

 

 

 事象改変の痕跡からその原因となる魔法式の構造を探るのは、あくまでも間接的な解析だ。魔法式を直接観測するのに比べれば、どうしても精度は落ちる。達也の『分解』は構造情報を精確に認識する事で成り立っているから、情報の精度が落ちればその効力も低下する。

 それに間接的な分析で特定した魔法式は、一瞬前に作用していたもの。達也は過去の魔法式の情報を使って現在稼働中の魔法式を破壊しようとしているのだが、今のところ成功していない。手応えはある。まったくの空振りという感触ではない。しかし現実問題として、未だ水波の居場所は分からないままだ。

 

「(想子の結合にダメージは与えている。だが、全てを切り離すには至っていない……というところか?)」

 

 

 達也は魔法式の構造を細部に至るまで認識出来る。彼が使う『分解』と『再成』に付随して獲得した知覚力だ。しかしその力も、分析対象が「視」えていればこそ。『仮装行列』で魔法式の所在が隠された状態では、魔法を使った手応えから推測するしかない。

 その推測が正しいとは限らない。だが今は、自分の感覚を信じる以外に道は無かった。「眼」が頼りにならなければ、手探りで進むしかないのだ。達也は五度目の攻撃に取り掛かる。




光宣も実力者だから

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