劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1931 / 2283
情報が少ないから仕方ないのかもしれない


二つの勘違い

 達也から注がれる「視線」が突如二本に増え、それを感知した光宣は戸惑った。

 

「(なんだ? なにを「視」られている?)」

 

 

 達也の『精霊の眼』は、水波のエイドスをしっかり捕捉したままだ。それと並行して、もう一つの「視線」が光宣に注がれている。

 

「(いや……僕に、じゃない。僕の魔法を観測している?)」

 

 

 魔法式は、その魔法が作用している事象の表面に書き込まれている。エイドスの最外層、「世界」と接している面を魔法式が覆っている形だ。「世界」はエイドスの最外層に貼り付けられた魔法式の情報から、当該事象は「そういうものである」と誤解する。「世界」と直に接しているから魔法は「世界」を欺き得るのだし、だからこそ魔法式は露出していなければならないのである。『仮装行列』も魔法である以上、魔法式は露出している。ただ『仮装行列』自体に情報体の座標を偽装する効果がある為、露出した魔法式を見つけられずに済んでいる。魔法式が露出していても、それが書き込まれている対象が何処にあるのか分からなければ、発見される事は無い。

 だがこの世界には時の流れがある。物理次元の事象は決して同じ状態に留まることなく時々刻々と変化し、情報もそれに伴い更新されていく。時の流れの中に積み重なった過去の情報を閲覧できない限り、情報的な関連性だけで所在不明の「情報」を探り当てられない。

 

「(いくら達也さんでも、時の流れに逆らう事は出来ないはずだ)」

 

 

 光宣は自分が手に入れた『精霊の眼』の性質に照らして、そう考えた。

 

「(とにかく、達也さんの「眼」が離れるまで『仮装行列』を維持しなければ)」

 

 

 光宣は発動中の魔法が途切れないよう、集中力を高めた。だがこの段階で、光宣は二つの誤解をしていた。

 一つは自分と達也の『精霊の眼』の性質の違いについて。光宣は特に意識を向けていなかったにも拘わらず、達也とベゾブラゾフの激突を伊豆から遠く離れた生駒でキャッチした。こういう受動的な知覚力は、達也の『精霊の眼』にはない。その代わり達也はエイドスの変更履歴を、時の流れに逆らって縦覧出来る。この違いは恐らく、二人が得意とする魔法に由来する。

 エイドスを認識する力、『精霊の眼』は、あくまでも魔法技能の一部。魔法の行使に必須なプロセスとして、魔法師はエイドスを認識する。『精霊の眼』は、この魔法師ならば誰もが持つ知覚力の最上位バージョンでしかない。光宣は『仮装行列』を行使するために受動的な知覚力を発達させ、達也は『再成』に不可欠な要素として時を超える認識力を得ている。

 しかしこの一事を以て光宣を短絡的だと誹るのは、それこそ早計と言える。『精霊の眼』は、実例を知る者が極めて限られている希少能力。自分と他人の『精霊の眼』の性質の違いを比較検討する機会など、現時点では皆無だ。

 そして二つ目。より本質的な勘違いは、達也が何に「眼」を向けていたのかについて。『仮装行列』の魔法式を直接発見するのが困難だという事くらい、達也は承知している。嫌という程、思い知っている。

 彼はこの魔法による妨害を予測した上で、今回の捜索に臨んだ。過去の失敗をむざむざと繰り返すはずはない。達也は『仮装行列』の魔法式を探していたのではなかった。

 彼が観測しようとしていたのは『仮装行列』による事象改変の痕跡、「魔法で情報が偽装された」という情報だ。事象には情報が伴う。事象の情報は、想子に記録される。それは、想子自身が引き起こす現象にも当てはまる。

 魔法とは、想子で構築された魔法式によって事象に付随する情報を書き換える技術。魔法による事象改変の本体は、想子が引き起こす現象に他ならない。魔法を行使すれば、魔法によって改変された事象の情報とは別に、魔法でエイドスを書き換えたという情報が残るのだ。

 達也はアークトゥルスのアストラル体と矛を交えている最中、その事実に気付いた。いや「事実」というより「法則」と表現した方が適切かもしれない。

 彼は情報次元で「魔法が位置情報を書き換えた」という記録を探していた。達也は情報の履歴を遡る事が出来る。いろいろと制約はあるが、この場合それはネックにならない。それ程長い時間を遡るわけでもなく、この場合は一瞬以上遡る必要は無いからだ。

 魔法師が事象改変を意識するのは発動時のみだが、魔法は終了条件に該当するまで有効に作用し続ける。しかし「改変した」という情報の中には、主体と客体が含まれる。「何が」「何を」改変したのか。

 ただ漠然と「魔法」が「位置情報」を改変した、というだけにはとどまらない。この場合で言えば「仮装行列の魔法式」が「桜井水波の位置情報」を書き換えた、という情報が「世界」に記録されているはずだ。

 改変の痕跡を解析すれば、位置情報を偽装している『仮装行列』の魔法式に関する情報が手に入る。達也は魔法式を直接観測してその構造情報を認識するのではなく、魔法式の効果から間接的にその情報を入手し、無効化しようと考えたのだった。




そもそもこの能力を持ってる人が少ないからな……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。