達也の『精霊の眼』は希少な能力だが、彼にしか使えないものではない。魔法は事象に付随する情報、エイドスを認識してこれを一時的に書き換えるもの。魔法を行使する魔法師は、程度の差こそあれ「情報」を知覚する能力を持っている。『精霊の眼』は、魔法師ならば誰もが持つこの知覚力の最上位バージョンとでも言うべきものだ。魔法師を魔法師たらしめている情報知覚能力を高めていけば、最終的に『精霊の眼』へとたどり着く。
人間だった頃から持っていた高い知覚能力を、パラサイト化によりさらにレベルアップさせた光宣も、この「眼」を持っていた。
「(これは――っ!? 達也さんか!?)」
観測もまた「働きかけ」であり、観測された対象には「視られた」という情報が加わる。それはほんのわずかな変化だが、同じ『精霊の眼』の能力を持つ者ならば「眼」を向けられた時に、そうと気付く。
達也の視線が向いている先は「桜井水波」に付随する情報で、光宣も無意識に水波へ「眼」を向けていた。だからこの瞬間、達也が『精霊の眼』で水波の現在位置を暴こうとしていると、いち早く察知出来たのだった。
「(まずい……!)」
達也が水波を視界に捉えたのと、光宣が達也の「眼」に気付いたのは殆ど同時だった。タイムラグは物理次元で半秒にも満たなかったはずだ。しかしそのわずかな時間に、達也の視線は水波のエイドスに深く食い込んでいた。
「(せめてこの場所だけでも隠さないとっ!)」
余裕があれば、達也の視線を遮って精神干渉系魔法で反撃する事も出来たかもしれないが、今の光宣にはこの隠れ家の場所を知られないようにするだけで精一杯だ。ここは周公瑾が構築した魔法の防御陣で守られている。東亜大陸の古式魔法『蹟兵八陣』の流れを汲む大規模な隠蔽の結界だ。そのカモフラージュの効果は地上から接近を阻むだけでなく、空中からの捜索、魔法による探知も妨害する。しかし達也の「眼」を誤魔化すには力不足。光宣はそう感じた。
光宣の『精霊の眼』が捕らえた達也の視線の鋭さは、周公瑾の結界をさほど時間を掛けず貫いてしまうと予想させるものだった。一旦場所を特定されたら、隠蔽結界は役に立たない。方位感覚を狂わせる『鬼門遁甲』も達也の襲来を阻み得ないだろう。そんな危機感に駆り立てられて、光宣は『仮装行列』を行使した。
偽装する対象は、水波の現在位置に関する情報。達也には既に、情報次元における水波の「姿」を捉えられている。この段階から彼女の情報を丸ごと偽装するのは不可能だろうと判断し、偽装項目を一つに絞る事で偽装の強度を上げようと考えたのだ。
偽りの位置情報が水波のエイドスに書き加えられる。光宣が自分の「眼」に「視」えている水波の情報を確認したところ、彼女はここから約十キロ離れた河口湖の湖上にいることになっている。同時に、達也の「視線」が青木ヶ原樹海に逸れたのを光宣は感じた。『仮装行列』は達也の『精霊の眼』による捜索の阻止に成功した――いったんは。
光宣の心に、安堵の気持ちは湧かなかった。誤魔化せたのは位置情報だけ、今も達也の「視線」は、水波の情報体を照準し続けている。
「まだ、気を抜いちゃダメだ」
光宣は声に出して呟くことで、自分を戒めた。
光宣の魔法によって「視線」を逸らされたのと同時に、達也はその事実を察知していた。
「光宣の『仮装行列』か……」
「光宣君が妨害してきたのですか?」
達也の呟きを聞きつけて、それまで息遣いの音さえ漏らさないようにしていた深雪が思わず尋ねる。
「そうだ」
達也は深雪の事を咎める事はせず、一旦瞼を開けて言葉だけで頷く。そしてすぐに目を半眼に戻した。光宣が『仮装行列』を使ってくることは最初から織り込み済みだ。彼の妨害を想定していなければ、わざわざ深雪を間近に置いて万全の体勢を整えたりしない。達也はこれまで何度も『仮装行列』に苦杯を舐めてきた。エイドスを読み取る能力を戦術の基盤としている達也にとって『仮装行列』は天敵とも呼べる程に相性が悪い魔法だ。過去にリーナと対峙した際も『仮装行列』によって魔法の照準を外された事もあるほどだ。
「だが、何時までも後れを取りはしない」
瞼を半ばまで閉ざしたまま、達也は自分に言い聞かすように呟いた。彼は光宣の妨害を予想していたのだ。何の対策も立てていないはずはなかった。
「(以前達也様とリーナが何か話していたのが気になったけども、もしかしたらリーナから『仮装行列』の事を聞いていたのかしら?)」
いくらリーナが達也の婚約者になったからと言って、そんな大事な事を簡単に話すとは深雪も思っていない。だが達也の言葉巧みな誘導により、リーナが『うっかり』話してしまう可能性はある。そんな事を考えながら、深雪は達也がどのような対策を立てたのかを楽しみにしている。
「(達也様の実力なら、例え光宣君相手だろうと後れを取るはずがありませんわね。水波ちゃんの居場所を特定するのは、そう難しい事ではないのかもしれません)」
深雪本人が探そうとすれば難しいかもしれないが、達也ならば出来て当然だという考えにたどり着き、深雪は再び呼吸音すら立てないように達也を見詰めるのだった。
将輝の魔法よりこっちの攻防の方が盛り上がりそう