劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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軍人としては正しいのかもしれないが……


佐伯の考え

 状況に変化があったのは抜刀隊だけではなかった。ほぼ時を同じくして関東の、東の海上にも動きがあった。横須賀を出港して帰国の途に就いたはずのUSNA海軍空母『インディペンデンス』が房総沖に戻ってきたのである。日本軍事同盟に基づき、新ソ連の侵攻に対する戦闘に加わる。これがインディペンデンスから日本政府にもたらされたメッセージの主旨だった。同盟の義務を果たすという申し出はおかしくない。むしろ昨日の時点で参戦の意思を表明しなかった方が同盟条約違反だとさえ言える。

 政府内には、援軍の申し出が何処まで本気か疑う向きもあったが、戦争において最も避けるべきは孤立である。「栄光ある孤立」が通用した時代は遥かな過去。少なくとも日本の国力で、孤立戦略は採用できない。ましてや現在交戦中の相手は相手は大国、新ソ連だ。参戦を拒否するという選択肢は無かった。

 この前日、アメリカ海軍所属艦艇が日本の領土である巳焼島に攻撃を行ったという暴挙に、口を噤む結果になるとしても。巳焼島襲撃についてUSNAの謝罪を求めるべきだという意見は、国防軍内に置いて少数派にもならなかった。タカ派のリーダーですら、謝罪の要求を主張していない。領土侵攻は、単なる言葉の謝罪では済まされないからである。

 巳焼島を襲撃した輸送艦はインディペンデンスと海上で接触している。輸送艦ミッドウェイの対日敵対行動とインディペンデンスが無関係であったとは思わない。そしてミッドウェイから発進した小型艇で巳焼島に上陸した米軍兵は、全員がパラサイト化していた。

 

「――では閣下も、インディペンデンスの参戦は工作員を潜入させるための口実だとお考えですか?」

 

 

 国防陸軍第一○一旅団司令官室。この部屋の主、佐伯少将の前で、彼女の腹心と目されている風間中佐は割と深刻な表情で少将にこう尋ねた。

 

「援軍としては戦ってくれるでしょう。実際に砲火を交えなくても、新ソ連軍に対する圧力にはなってくれるはずです」

 

「しかし、それだけではないと?」

 

「その通りです。我が国の領土に対する攻撃は決して許せることではありません。たとえそれが離れ小島であろうとも。ただ……」

 

「ただ、何でしょうか」

 

「こちら側に、アメリカを刺激する要素があったのも否定しがたい事実。このところ、彼の振る舞いは私から見ても些か目に余ります」

 

「特尉――達也の事ですか?」

 

 

 上官がぼかした対象を、風間は躊躇せずに特定した。佐伯が風間に非難の眼差しを向けるが、悪びれた様子が無いのを見てため息を吐いた。

 

「……そうです」

 

「達也にも言い分はあると思いますが」

 

「それはそうでしょう。考えなしにあのような真似をされては困ります。ですが、どんな理由があろうとも、脱走した国家公認戦略級魔法師を匿うなど、個人で許されることではありません」

 

「ミサイル原潜の逃亡を手助けするようなものですからな。だからといって、工作員の跳梁を見過ごすわけにはいかないと思いますが」

 

「その通りです、中佐」

 

 

 風間が本気で自分に同意しているのか、それとも表面を取り繕っているだけなのか。佐伯は風間の表情から読み取ろうとしたが上手くいかず、正論を口にする部下に頷いた。

 

「私が依頼を出した時には既に、情報部はインディペンデンス監視の手筈を整えていました」

 

「情報部に借りを作る事にはなりませんか」

 

「その懸念は不要です。この程度で私からの貸しは清算できませんから」

 

 

 風間が規律を軽んじる不良軍人なら、口笛の一つも吹いたかもしれないが、実際に風間が示した反応は、軽く目を見張るだけだった。

 

「小官は何をすれば宜しいのでしょうか」

 

「工作員の上陸が明らかになった場合、これを内密に、かつ穏便に無力化しなさい」

 

「穏便に、ですか」

 

 

 風間は「難しい」と感じたが、その事を口には出さなかった。

 

「了解しました。しかし、情報部の介入があると思いますが」

 

「情報部で対処出来るようであれば、手を出さなくても構いません。それより重要なのは」

 

 

 佐伯は一旦言葉を切って「分かるでしょう?」と言いたげな目を風間に向ける。その視線を受けた風間も、神妙な面持ちで佐伯からの質問に答える。

 

「――達也に手を出させない事、ですか」

 

「これ以上、民間人の思惑で対米関係を悪化させたくありません」

 

 

 佐伯の言う「民間人」は、達也一人を指しているのではない。彼の背後にいる四葉家の勝手を許さないという強い意思が、彼女の両眼に宿っていた。

 

「達也が素直にアンジー・シリウス少佐を引き渡すでしょうか?」

 

「彼も軍人なのですから、こちらからの要請を突っぱねる事は出来ないでしょう」

 

「そうでしょうか? 達也はあくまでも特務士官であり、軍属というわけではありません。それにアイツは、我々を敵に回しても気にしないと思われます」

 

「兎に角、工作員の無力化に彼が拘わらなければ、今回はそれで構いません。今後どうするかは後々の事です」

 

「了解しました」

 

 

 佐伯が達也の戦力を軽んじているような気がして、風間は不安を懐く。達也の戦闘力をある意味一番理解しているのは風間であり、今の実力を考えれば自分と良くて相討ちだろうと、風間は達也と完全に対立する事は避けたいと願うのだった。




結局は自分のためだしな……

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