劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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良い様に使われてるだけ


抜刀隊の動き

 光宣による水波の誘拐を阻止するという目的は、残念ながら果たせなかった。水波を囮にして光宣を捕らえるという計画も、昨日の時点で破綻している。

 だが十師族が光宣を危険視する理由は、水波の誘拐・パラサイト化を目論んでいたからではない。光宣がパラサイトであり、彼の能力が社会を揺るがしかねないものだから、師族会議は彼を捕縛しようとした。

 国防軍が光宣を敵視する理由も、水波の件とは無関係だ。第一師団遊撃歩兵小隊『抜刀隊』が光宣に対して敵意を燃やしているのは、まず第一に、彼らが崇敬の念を惜しまない九島烈を殺した犯人だからだ。

 光宣が烈の身内――孫だからという事実も、抜刀隊の怒りを増幅していた。身内殺しは忌むべき罪。それに加えて、烈が自分の子と孫の中で光宣を最も可愛がっていたという情報が隊内で共有されていたという事実が、復仇の念に拍車をかけていた。

 しかし国防軍が正規の作戦として光宣の追跡に隊を動かすことを許可したのは、九島烈シンパの心情に配慮したからではない。出動の理由は十師族と同じだ。私情ではなく、光宣の存在が国家にとって脅威になると判断した故のもの。十師族も国防軍も、水波が攫われてしまったからといって、それが矛を収める理由にはならなかった。

 七月九日、朝八時。光宣の動向に関する有力な情報が得られず富士山麓で待機したままの状態だった遊撃歩兵小隊に、十師族から一つの手がかりがもたらされた。防衛大学生の身でありながら九島光宣捕獲作戦に抜擢された千葉修次と渡辺摩利は、急遽かけられた招集に従って会議室に着席していた。

 朝の八時半、指定の時間。前の扉から抜刀隊の隊長が姿を見せる。修次と摩利は他の隊員と同じタイミングで立ち上がり、勢ぞろいした隊員の前に立つ小隊長に敬礼した。隊長は隊員たちを座らせ、短い前置きを挟んで本題に入った。

 

「九島光宣の行方について、情報を入手した。提供者は十文字克人殿だ」

 

 

 修次と摩利の周りで小さなざわめきが生じる。この遊撃歩兵小隊が『抜刀隊』の異名を持つのは、この部隊が魔法白兵戦技能『剣術』で戦う戦闘魔法師集団だからだ。九島烈の信奉者という面を差し引いても、十師族当主の氏名は当然の知識として記憶している。

 なお彼らの剣術は千葉家から学んだ物であり、九島烈に対して一般的な敬意しか持ち合わせていない修次と摩利がこの作戦に駆り出されたのは、その縁によるものだ。

 

「九島光宣は昨日調布に出現し、青木ヶ原樹海を縦断する道路で消息を絶った」

 

 

 小隊の間に先程より大きなざわめきが起こる。彼らは一様に、プライドを傷つけられた怒りを見せていた。遊撃歩兵小隊がこの地にいるのは、奈良で目撃された光宣が東京に侵入するのを阻止する為ではなかった。彼らは検問を張っていたのではなく、まだ東海以西に潜伏しているであろう光宣の手掛かりを得られ次第、その場に急行する基地としてここを選んだのである。

 だから光宣が彼らの東側に出現したからと言って、恥に思う必要は、本来ない。だがみすみす首都に侵入を許したのは事実だ。目的が違うからといって、納得出来るものではない。

 それに、推定される潜伏場所がまた、隊員の神経を逆撫でした。青木ヶ原樹海は東富士演習場の目と鼻の先。ここに自分を探している部隊が控えている事を光宣は知らないかもしれないが、抜刀隊の面々としては「なめられている」と感じても仕方がないと言えよう。

 

「十文字殿は、九島光宣が樹海に逃げ込んだと断定はしなかった。だが提供を受けた追跡データから判断して、その可能性は高いと思われる」

 

 

 隊員たちの囁き交わす私語が、完全に止まった。修次と摩利を含めた全員の視線が隊長に集まる。

 

「本日○九三○より、樹海全域の捜索を開始する。各員はそれまでに担当地域と捜索手順を頭に叩き込んでおけ。以上だ」

 

 

 立ち上がり敬礼する隊員たちの目は、待ちに待った出動命令に熱く燃えていた。そんな中修次と摩利は、克人からの情報提供という部分に引っ掛かりを覚えていた。

 

「十文字家は七草家と一緒に四葉家の使用人を守る為に調布にいたんじゃなかったのか?」

 

「そのはずだ。真由美からもそう聞いていたし、実際に真由美たち七草家と十文字家が合同で作戦に挑んでいると、真由美から近況報告を受けたばかりだからな」

 

「ではなぜその十文字家当主が九島光宣の居場所をこちらに流すんだ? 自分たちの手で捕まえる事だって出来るはずだ」

 

「あたしたちが九島光宣の捜索に加わっている事は、真由美と通じて知っているのかもしれない。あまり十文字らしい考え方とは思えないが、使えそうなものに情報を与え、少しでも捜索の目を増やして九島光宣にプレッシャーを与えようとしているのかもしれない」

 

「だが、九島光宣は僕たちがここにいるなんて知らないんじゃないのか?」

 

「それは…そうだな……」

 

「何となくだが、使えるものは何でも使うというのは十文字克人殿より、司波達也くんの考え方に近い気がするんだ」

 

「達也君の?」

 

 

 修次の推測に、摩利は「あの性格の悪い後輩ならありえる」と、思わず納得してしまったのだった。




達也ならありえると思われてあたり、摩利も達也の事理解してるんだなぁ……

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