劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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間髪入れずに確認するなよ……


矢継ぎ早な説明

 光宣は達也よりも一足早く、夕食の卓に着いていた。料理を作ったのは水波。光宣は自動調理機で済ませるつもりだったのだが、それまでほとんど口を利かなかった水波に請われて、キッチンを明け渡したのだった。調理開始時刻は七時で、支度が終わったのは八時過ぎ。料理に慣れている水波にしては随分時間がかかったが、馴染みのない調味料が多かった所為や、食材と調理器具、台所に用意されていた物が中華料理専門店で使われるようなものが揃っていたのもあるだろう。この隠れ家は周公瑾が用意した物だから、それも仕方がない事だろう。

 苦戦しながらも、水波は無事に料理を完成させ食卓に並べる。食卓には中華料理風の献立が並んでいる。ただ脂分が濃かったり刺激が極度に強い品は無い。水波は和洋中の中で、中華があまり得意ではない。ただ幸い光宣も、脂っこい料理よりもあっさりした物を好む。もっとも、水波が作った料理なら光宣はどんな物でも美味しく感じたに違いない。

 光宣は小食では無いが、この年頃の少年にしては食べるのが遅い。幼いころからベッドの上で食事をする事が多かった所為で、ゆっくり食べる事が習慣になっているのだろう。一方、水波は決して大食漢ではないが、食べるペースは速い。小さなころからメイドとして教育されているので、食事に時間をかける習慣がないのだ。それは達也・深雪と同居した一年余りの年月が過ぎていても変わらない。その二つの要因が相まって、光宣と水波が食事を終えたのはほぼ同時だった。

 

「ご馳走様」

 

「お粗末さまでした」

 

「とんでもない! とても美味しかったよ!」

 

「……ありがとうございます。食後のお飲み物は何がよろしいでしょうか?」

 

 

 水波の問いかけに遠慮の言葉を返そうとして、それはかえって失礼だと思い直し、光宣は少し考えてから答える。

 

「じゃあ、紅茶をもらえるかな」

 

「かしこまりました」

 

 

 水波が立ち上がって食べ終わった食器をワゴンに載せる。そのワゴンは非ヒューマノイドタイプの家事支援ロボット。自走するワゴンに先導される格好で、水波の姿がキッチンに消える。

 光宣が大きく息を吐いて、口から緊張を吐き出す。水波の目が無くなったところで、改めて気合いを入れ直す。

 水波が紅茶を手にして戻ってきたのは、キッチンに引っ込んでさほど時間は過ぎていない。だが光宣が覚悟を決めるには十分なインターバルだった。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。水波さんも座って」

 

「はい」

 

 

 水波は素直に光宣の言葉に従う。覚悟を決めた光宣だったが、いざとなって再び緊張に囚われ、暫く無言の時が流れた。

 

「――水波さん」

 

「はい、何でしょうか」

 

「水波さんの正直な気持ちを教えて欲しい」

 

「………」

 

「僕は……水波さんに、パラサイトになって欲しい。水波さんの身体を、魔法を奪わずに治す為に」

 

「………」

 

「でも僕の考えを水波さんに強制するつもりは無い。無理矢理攫っておいて今更何を言ってるとは思うだろうけど、無理強いはしたくないんだ。絶対に」

 

「……はい。信じます」

 

 

 もし無理強いをするつもりなら、自分は既にパラサイトにされているだろうという考えから、水波は光宣の言葉に信憑性を感じていた。思いがけない水波の言葉に光宣が目を見張る。

 

「ありがとう。水波さんは、どうしたい? パラサイトになっても、魔法を捨てたくないのか。それとも、魔法師であることを止めても、人としての生を全うしたいのか」

 

 

 水波が俯く。前髪で表情が見えなくなった水波。彼女が考えているのは光宣への答えではなく、達也の計画を光宣に話して良いのかであった。

 だが光宣は否定されるのを恐れたのか、慌てて言葉を継いだ。

 

「パラサイト化しても自我を乗っ取られる事は無いよ。その点は保証する。僕は自分自身を保ったまま、パラサイトの能力だけを手に入れるやり方を見つけた」

 

「………」

 

 

 確かに光宣の自我は保たれているように見えるが、水波は以前の光宣と今の光宣では、若干違う人物になっていると感じている。だから無言で俯いたままだったのだが、光宣の焦りをますます激しくするには十分だった。

 

「公平を期す為に言っておくけど、演算領域を封じれば命の危険はないという達也さんの言葉も、多分間違っていない。魔法師ではなくなってしまうけど、人としては生きられる」

 

 

 光宣は達也が人工演算領域を造るなどと考えていないのか、しきりに『魔法師でなくなる』という言葉を使う。

 

「……少し、お時間をください」

 

 

 水波は眼を上げぬまま、聴覚に意識を集中していなければ聞き逃してしまうような声で、そう答えた。

 

「そ、そうだよね! ご、ごめん! いきなりきめられないよね、こんな大事なこと」

 

 

 水波が魔法と人と、どちらを選ぶのかで悩んでいると勘違いしている光宣は、椅子を鳴らして立ち上がり狼狽を露わにする。

 

「本気で考えてくれるのは嬉しいよ! 返事は何時でも良いから」

 

 

 光宣が自分の使ったティーカップを持って、キッチンへ駆け込むように姿を消す。水波はそれを制止しようともせず、俯いた姿勢で固まっていた。

 

「光宣様は、達也さまの計画を聞いていなかったのでしょうか……」

 

 

 彼女の記憶では、達也は光宣に計画を告げているはずなのだが、彼は先程から『魔法師ではなくなる』と言っている。確かに本来の演算領域と比べれば出力は落ちるかもしれないが、それでも魔法を諦める必要は無い。既に光宣ではなく達也を選んでいる水波としては、どうやって告げればショックが少なくて済むのか、それだけが気になっているのだった。




光宣が滑稽でならない……

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