小春が代表を辞退した事によって、鈴音と五十里、そして担当教諭の廿楽は代役を誰にするか話し合っていた。
「普通に考えれば、平河くんの次点の関本君なんだけど……」
「関本君は駄目です。彼と私では手法も主張も違いすぎます」
「ですが市原先輩、このテーマにいきなり取り組める人なんて居るんですか?」
五十里の質問に、鈴音は少し考える素振りを見せた。鈴音としても今からこのテーマを勉強させても、いくらサブだといっても邪魔にしかならないと思っているのだ。
「一つ良いかい?」
「何でしょう、廿楽先生」
「実は平河くんから代役の提案をもらっていてね」
「提案……ですか?」
「せめて自分の代わりの目処くらいは立てておきたいと言っていたからね」
「そうですか」
鈴音も小春が代表を辞退した気持ちは何となくだが理解している。小早川が巻き込まれたあの現場に鈴音も居たのだから知っていてもおかしくは無い。一時期は学校を辞めるとまで噂されていたのだから、代表辞退もやむをえないとも思っているのだ。
「それで廿楽先生、平河先輩が提案した代役と言うのは?」
「司波君です」
「司波君……ですか」
鈴音は一学期に達也が紗耶香に話していた内容を思い出した。達也が成し遂げようとしてる事は、今回のテーマに大きく関係している事だったのだ。
「確かに司波君ならこのテーマをいきなりやれと言われても出来そうですね。ですが他にも代役として立候補してる人も居ますし……」
「いえ、司波君にしましょう。他の代役は全員却下します」
「市原先輩? 何か考えがあるのですか?」
「司波君が取り組んでいる研究テーマは、今回のテーマとマッチしますし、彼の方法も見ておきたいと思いますので」
鈴音の言葉に、五十里は納得したように頷く。彼も達也が高度なテーマに取り組んでてもおかしくは無いと思っていた一人で、素直に達也の能力を評価出来る一科生なのだ。
「では早速司波君に連絡を……あれ? 圏外だといわれました……」
「最近司波君は地下資料室に篭ってるようですし、通信は無理ですよ」
「そうだった……花音がボヤいてたんだ……」
見回りはしっかりとするし、必要最低限の事務作業もしてくれる。だが必要とした時に達也は何時も居ないと花音は五十里にボヤいていたのだった。
「何を調べてるのか興味ありますね」
廿楽がこぼした独り事に、鈴音も五十里も頷いた。地下資料室にあるのは授業で使われる事の無い、あるいは少ない文献の元データだ。好き好んで閲覧する生徒は殆どいないといえる。
その資料室に好き好んで潜っている達也は、いったい何を調べているのだろう。鈴音も五十里もそう思うようになっていた。
「呼びに行きますか?」
「司波さんに頼みましょう。彼女なら自然に何を調べてるのかも聞きだせるでしょうし」
鈴音の案外黒い考えに、五十里はただただ苦笑いを浮かべるのだった。
鈴音に頼まれて、深雪は嬉々として地下資料室へとやって来た。生徒会の業務もある程度終わらせていたし、若干手持ち無沙汰だった深雪にとってこのお使いは願っても無い事だったのだ。
「お兄様、いらっしゃいますか?」
「ああ、此処だ」
返事は聞こえてくるが顔は見えない。達也は閲覧用の端末の前から動こうとはせず、深雪も心得たとばかりに近付いていく。
「何を調べてるのですか? 最近はずっと地下に潜ってらっしゃいますが」
「『エメラルド・タブレット』に関する文献だ」
「最近ずっと錬金術系の文献をごらんになってる様子ですが」
「知りたいのは『賢者の石』についてなんだけどね」
「『賢者の石』……物質変換に挑戦するつもりですか?」
「いや、物質変換には手を出さないよ。あれは極めて実現不可能だからね」
深雪は達也の説明を聞きながら、自分の兄は他の魔法師が何十年かかっても出来ないような事をやってのける人物なのだと、改めて誇らしげに思っていた。
実際加重系魔法の三大難問の一つである常駐型飛行魔法を実現したのも達也なのだし、この兄ならそれ以外の難問も解決出来るのではないかとも思っている。
「賢者の石には魔法式を保存する効果があると言われてるからね」
「魔法式を保存、ですか」
説明の途中で気になるフレーズが出てきたので、深雪は達也の説明の合間だったが口を挟んだ。全部聞いた後だと質問するのもおかしいと思い口を挟んだのだが、達也も心得てたと言わんばかりに深雪の疑問に対する解答をしていく。
「重力制御魔法で核融合を維持する方法についてはこれで目処がついた。だが魔法師がずっと魔法を掛け続けなければならないのでは意味が無い。魔法師の役割が兵器から部品に変わるだけだからね。動かすには魔法師が不可欠、しかし同時に魔法師を縛り付けるシステムであってならない。そのためには魔法の維持時間を日数単位で引き延ばすか、魔法式を一時的に保存して魔法師が居なくても魔法を発動出来る仕組みを創り上げるか……どちらも手探り状態だが安全性を考えれば後者の方が望ましい」
常駐型重力制御魔法による核融合炉の実現は、加重系魔法の三大難問の一つ。それに達也は解決の目処をつけたと言った。それだけで深雪は嬉しくなり、今すぐ自慢したくなる衝動に駆られた。もちろんその衝動は普段から被っている猫の皮を破る事は無かったのだが。
「それで『賢者の石』についての文献をお調べになっていたのですね」
「そういえば深雪、何か用事があったんじゃないのか?」
気恥ずかしそうに話題変換をした達也だったが、これが結果的にナイスフォローに繋がったのだった。
「そうでした! お兄様、市原先輩がお呼びです」
「市原先輩が? 場所は?」
深雪の話しを聞きながら達也は端末の電源を落としていく。今日はこれ以上調べ続けるのは不可能だと理解し、時間を無駄にしないように同時進行をしているのだ。後で深雪が怒られないように……
「魔法幾何学室です。廿楽先生のデスクでお待ちしてると言っておられました」
「そうか」
それだけで達也は鈴音の用というのが何なのかに検討が付いた。この間まで説得に参加していた平河小春が論文コンペの代表を辞退したというのは遥から聞かされていたし、小春自身からも聞いていたのだ。
「悪いが深雪、この鍵を返しておいてくれ」
「畏まりました」
深雪に鍵の返却を任せ、達也は少し早足で魔法幾何学室まで移動する。残された深雪は、達也に物事を頼まれた事で幸せいっぱいの表情を浮かべて地上に戻って行ったのだった。
余談だが、その表情に見蕩れて、図書室では生徒同士がぶつかるという事故が多発したのだった。
廿楽さんの一人称ってなんでしたっけ? 「小生」だった気がするんだけどなぁ……