達也たちが顔を顰めたのを見て、真夜は一先ず悪戯は成功したと満足げに微笑み、わざわざ三人を呼び寄せた理由を告げる。
「水波さんを労う為に、家族水入らずで温泉旅行にでもどうかしら?」
「家族水入らずというのは?」
「それは勿論、達也さん、深雪さん、水波さん、そして私の四人よ」
真夜が同行しなければまだ何となく納得も出来ただろうが、旅行の面子に真夜が含まれている事に、深雪と水波は納得が出来ない様子。だがそんな風に思われるのも計算の内なのか、真夜の表情は相変わらず悪戯が成功した子供のようなものである。
「四葉には娯楽施設が少ないでしょう? だから今度温泉施設を経営する事になって、そのオープン前に使わせてもらえることになっているのよ。だから、周りの目を気にする必要無くゆっくり出来るわよ」
「ですが何故母上も同行するのでしょうか? いくら周りの目を気にする必要が無いとはいえ、母上には当主としての仕事があると思うのですが」
達也の言葉に、深雪と水波も同意する。二人の気持ちとしては、真夜がいては気が休まる事が無いだろうと言いたいのだが、それを口にする事は出来ない。だから達也が言ってくれた事に全力で同意して、何とかして真夜の同行を阻止したいのだろう。
だがその程度の反論は想定内だったのだろう。真夜の表情から余裕が消える事は無く、むしろ「まってました」と言いたげな表情を浮かべている。
「別に一週間もここを空けるわけではないのだし、急ぎの案件が入ったとしても連絡は取れるもの。それに、葉山さんはその施設の場所を知っているのだから、直接私が判断しなければいけないことが起こっても大丈夫よ」
「仕事の面で問題が無い事は分かりました。ではもう二、三、質問してもよろしいでしょうか」
「構わないわよ」
達也は真夜の同行を拒むことは不可能だと諦め、早々に気になる事を聞いてこの場を去ろうと考え始めた。旅行するにしても今日この後すぐというわけではないだろうと思っていたのだ。
「その施設は宿泊施設なのですか?」
「そういう面もあるわね。いくら四葉関係者の為の施設だからといって、他の客を取らないわけではないから」
「泊まりということですが、部屋割りはどういった感じになるのでしょうか?」
「四人部屋でも良かったんだけど、それだと水波さんが落ち着けないでしょうしね」
真夜から視線を向けられ、水波は物凄い速度で首を縦に振る。その反応を見た真夜は、再び悪戯をするのを楽しむような表情を浮かべる。
「だから、水波さんは達也さんと二人部屋を使ってちょうだい。私と深雪さんは、それぞれ個室を用意してあるから」
「お待ちください! 何故私が達也様と別々の部屋なのですか」
「言ったでしょ? これは水波さんを労う為の旅行なのよ。こうでもしないと水波さんは遠慮して、何時まで経っても達也さんに甘える事が出来ないでしょうし。それにね、深雪さんと達也さんを同部屋にしたら、他の婚約者の方たちから不満が続出するでしょう。そうなってしまうと、達也さんの今後の時間の使い方を考えなければいけなくなってしまう。また巳焼島と自宅を往復するだけの生活をさせたいのならば、水波さんと部屋を変わってもいいわよ?」
真夜の言葉に、深雪は反論出来ずにいる。確かに達也と二人きりだと他の婚約者に知られたら、真由美あたりが扇動して達也と旅行させろと騒ぎ出すかもしれない。そうなってしまうと再び達也に身を隠すよう真夜が命じ、巳焼島に引き篭もらせてしまう可能性があるのだ。
「分かりました……」
「じゃあそういう事で。明日、兵庫さんを迎えに遣わしますので、それまでに準備をしておいてちょうだい。期間は二泊三日を予定しているから、そのつもりでお願いしますね」
「明日から、ですか? それで今日わざわざ片付けなくてもいい案件を片付けさせたのですか」
「達也さんなら問題なく終わらせられると思っていたわ。というかそろそろFLTは達也さん無しで頑張ってもらいたいものだけどね。龍郎さんは何時まで達也さんをこき使おうと思っているのかしら」
立場上FLTの本部長である龍郎は、達也の事を当てにしてもおかしくはないのだが、彼は達也の事を認めようとせず、後妻の小百合と共に達也の事を道具としか思っていない。その事を真夜が知らないはずもなく、いずれ粛清人事が行われるのではないかと四葉家内ではもっぱらの噂である。
「そういう事だから、深雪さんも水波さんもしっかりと準備しておいてくださいね。あっ、一つ言い忘れていましたが、その施設には混浴風呂もありますから」
意味深に微笑む真夜を見て、達也は頭を押さえ、深雪は歓喜で口を押え、水波は自分が処理出来る要領を超えたのかただただ呆然と真夜を見詰めている。
「それじゃあ今日はこの辺で。葉山さん、三人をお願いね」
部屋の外に控えているであろう葉山に声をかけ、真夜は笑顔で三人を見送る態勢に入る。達也はどうにかして混浴だけは避けられないかと頭をフル回転させているようで、それを見た葉山は実に楽しそうな表情で三人をエントランスまで案内し、そして恭しく一礼して三人が乗った車を見送ったのだった。
達也にとっては可愛くはなかったな……