達也と二人きりで買い物をしてから数日後、水波は深雪と共に四葉本家へと赴くことになっていた。本当なら達也も一緒に向かう予定だったのだが、FLTの方で済ませなければいけない用事が出来たので、後程合流する事になっている。
「いったいどのような御用なのでしょうか?」
「私も聞いていないわ。ただ『水波ちゃんを連れて本家に来てほしい』と叔母様から電話でお願いされただけだから」
お願い、と言えば聞こえはいいかもしれないが、要は水波を連れてこいという真夜からの命令なのだ。だが呼び出される理由に心当たりがないので、水波も深雪も先ほどから首を傾げているのだ。
「兵庫さん、叔母様はどのようなご用件で水波ちゃんを連れてきて欲しいと仰られたのかしら?」
「残念ながら、私では御当主様のお考えは推察しかねます。達也様なら何かご存じなのかもしれませんが」
「そうですか」
本当なら達也の運転する車で本家へ向かいたかった深雪だったが、急用という事で達也が兵庫に運転手を任せており、深雪は少し不機嫌そうに窓の外を眺めている。
「そういえば、先日リーナ様が御当主様と何かを話されていましたので、その事と何か関係があるのかもしれません」
「リーナと? あの子の事だから、そろそろ新居に帰りたいとかお願いしてたんじゃないですか?」
「そこまでは何とも……いくらまだ四葉家に入られていないとはいえ、彼女は達也様の婚約者のお一人。私のような一介の使用人がおいそれと話を聞けるお方ではありませんので」
「兵庫さんは達也様の側近なのだから、リーナになら話しても問題ないと思いますけど」
「そう思っていただけて恐縮です」
兵庫は昔から四葉家に仕えている他の使用人のように、達也の事を受け容れる事に抵抗を覚えてはいない。むしろ達也から頼られる事を光栄に思っているように水波には感じられている。実際達也の代わりに二人を本家は送り届けるよう頼まれた時、兵庫は深雪にではなく達也に恭しく一礼してから、二人を車に招き入れたのだ。
しばらくして本家が見えてきたところで、兵庫は何かを思い出したかのように水波に視線を向ける。何事かと首を傾げた水波に、兵庫は同じ使用人に対してではなく個人を尊重したような口調で語り掛ける。
「水波殿は本日はあくまでも御当主様の客人として招かれているので、くれぐれもメイドとしての作業をしないようお願いいたします」
「で、ですが私はあくまでも深雪様のガーディアン――使用人でしかないのです。何もせずにいるのは性に合わないのですが……」
「お気持ちはご理解出来ますが、これは御当主様からのお言葉でございます」
真夜からの命令だと言われ、水波は反論を諦める。これが兵庫個人の言葉であれば、水波は兵庫が見ていないところでメイドの作業をしたかもしれないが、真夜から言われてしまったのなら、水波が逆らえるわけがない。
本家の前に車を停め、兵庫が外から扉を開き深雪と水波をエスコートすると、玄関前で真夜の最側近である葉山が二人を出迎えた。
「深雪様、水波殿、ようこそおいで下さいました」
「葉山さん、叔母様はどちらに?」
「ご案内します。花菱、達也様のお迎えを頼めるか」
「かしこまりました」
到着してすぐに東京に戻れと言われたにも拘わらず、兵庫は嬉しそうな表情で一礼してから再び車を走らせる。その車を見送ってから、深雪は葉山に真夜の場所まで案内するようお願いする。
「葉山さん、叔母様はどのようなご用件で私たちをお呼びになったのかしら?」
「達也様がいらっしゃいましたらすぐにわかる事でございます。それまではごゆっくりなさってくださいませ。深雪様も今回の件でお疲れでしょうし、水波殿の治療はまだ半ばでございますので」
「あ、あの……私にそのような喋り方は止めていただけないでしょうか? 葉山様は私などとは比べ物にならない程のお方ですし……なんだか落ち着きませんので」
「お気持ちはお察ししますが、先に花菱から説明があったと思います。本日水波殿は真夜様が招いたお客人ですので、何時ものような話し方は出来ないのでございます」
「水波ちゃん、我慢するしかなさそうね」
「はい……」
深雪が口元を抑えながら水波に我慢するよう告げると、水波は肩を落として頷く。自分の主である深雪からも言われてしまえば、水波は大人しく従うしか出来なくなってしまうのだ。
「深雪様は紅茶でよろしいでしょうか?」
「えぇ。水波ちゃんも同じものでいいかしら?」
「いえ、私が――あっ、深雪様と同じもので構いません……」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
恭しく一礼して部屋から出て行った葉山。彼の足音が聞こえなくなってから、深雪は堪えていた感情を表に出す。
「水波ちゃん、なんだか居心地悪そうね」
「笑い事ではありません。私のような使用人が、それを束ねている葉山様にあのような接し方をされたら戸惑ってしまいます!」
「まぁまぁ、今の水波ちゃんは叔母様のお客様なのだから仕方ないわよ。それに、達也様の愛人として認められているのだから、その内葉山さんだけじゃなく他の使用人からもああいった接され方をされるんじゃないかしら」
「そうかもしれませんが、今はまだ慣れません……」
達也が当主の座を継げば、確かに自分の扱い方も変わるのだろうとは思っていたが、まさかこんなにも違和感を拭えない思いをするとは思っていなかった水波は、もう一度肩を落とすのだった。
居心地が悪いのこの上ない