劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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こうでもしないと水波が受け入れないので


真の計画

 四葉ビルの地下道を進み本家へ向かう車の中。深雪は不機嫌さを隠そうともしない視線で夕歌を睨みつけている。

 

「そんな怖い顔しないでくれません? 深雪さんだって納得していたはずですよね?」

 

「それはそうですが……ですが、夕歌さんだって私の気持ちは分かりますよね?」

 

「そりゃね……でも、今日はあくまでも水波さんへのご褒美としての外出なのでしょう? 何時までも深雪さんが側にいたら、水波さんだって深雪さんの護衛としての意識が働いてまともに達也さんに甘える事が出来なくなってしまう。御当主様からそう言われたはずです」

 

 

 実は深雪にかかってきた電話は、彼女をあの場から不自然に思わせないように事前に打ち合わせされていたモノ。リーナは黒羽家の従者を苛めてはいないし、深雪が四葉本家へ向かう理由は無い。

 だがこの車は四葉本家へ直通の道を進んでいる。達也の眼を誤魔化す為だと夕歌は言っていたが、深雪には他の思惑があるようにしか思えなかった。

 

「(達也様は最初からあの電話の事を知っていたかもしれない……そうなるといくら眼を欺こうとしても無意味という事に……ではなぜ私を四葉本家へ連れて行くのか……それは多分、東京にいると何時達也様のお側に行きたがるか分からないからと、叔母様が考えたのでしょうね)」

 

 

 深雪だって今日は水波の為の外出だという事は理解していたし、遠慮する水波にその必要は無いと何度も言ってきた。だがやはり達也の側にいると、どうしても自分が一番になりたいという気持ちが表へ出てしまう。それならば自分が側にいない方が水波が素直に甘えられる――という考えは深雪にも理解出来ている。だがやはり用もないのに四葉本家へ赴くことと、達也の側を離れなければいけないという思いは、深雪の機嫌を損ねるには十分の理由だ。

 

「夕歌さん。大人しくしているので、このまま部屋に戻してはくれませんか?」

 

「分家の人間でしかない私が、御当主様からの命令を無視するなんて出来るはずがないじゃない。それとも、私が怒られた時深雪さんが庇ってくれるのかしら?」

 

 

 いくら次期当主の婚約者だからと言って、現当主の命令に逆らえる程の地位ではない。それがたとえ大した意味がない命令であってもだ。 

 深雪もその事は十分理解しているので、夕歌の切り返しに返す言葉は無い。そのまま不機嫌オーラを撒き散らしながら、残りの時間を無言のまま過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急に深雪がいなくなり、水波はどうすれば良いのかに頭を悩ませる。深雪が一緒にいてくれれば、自分が何か行動を起こさなくても勝手に事は進んでいた。

 だが率先して自分を引っ張ってくれていた深雪がいない今、水波が何か行動を起こさなければ何も進まない。達也も完全な受け身ではないが、今この状況で彼が何か提案してくれるとは水波には思えない。

 

「あの、達也さま……」

 

「どうかしたか?」

 

「い、いえ……何でもありません」

 

 

 深雪が連れていかれた理由が気になっているのかとも思ったが、達也からそのような感情はうかがい知れない。感情というものにあまり縁がないという事は水波も知っているし、達也なら深雪が連れていかれた「本当」の理由に気付いていても不思議ではない。

 

「(このタイミングでリーナ様が暴走するとは私にだって思えない……そうなるとあの呼び出しには何か別の理由があるという事に……ですが、わざわざ深雪様を本家に呼びつける用事とはいったい?)」

 

 

 まさか自分の為に深雪を本家に呼びつけたなど、水波はそんな事夢にも思っていない。従者の自分には窺い知れない何かがあったのだろうと考えようとしたが、そうなると次期当主である達也が呼び出されないことに説明がつかない。

 では女性だけで解決しなければならないことが起こったのかと考えたが、それなら自分が同行しても問題は無かったはずで、深雪が自分の同行を拒んだことに説明がつかない。

 いろいろと頭を悩ませてみたものの、水波には裏で何が起こっているのか、納得出来る説明が出来なかった。

 

「水波」

 

「は、はいっ! 何かご用でしょうか」

 

 

 達也の前だというのに考えに没頭していたことが恥ずかしかったのか、水波は何時も以上に丁寧に応える。その反応に達也が少し困ったような表情を浮かべたのは、ここにいるのが達也だけではないからだろう。

 

「人前でそのようにかしこまる必要は無い」

 

「も、申し訳ありません……」

 

 

 達也にいらぬ手間を掛けさせてしまったと、水波はシュンとした表情で頭を下げる。素直に達也と二人きりという現状を楽しめる神経があればと、水波は自分の生来の性格を恨み始める。

 

「(裏で何が行われていたとしても、それは私には知る事が出来ないもの。だったら素直に達也さまとの貴重な時間を楽しもうとか、そういう事を考えられればいいのに……でもやっぱり、達也さまは四葉家の次期当主であられるお方……一従者でしかない私が一緒にいて良いのかという疑問が頭を過ってしまうんですよね……まして私は調整体。しかも一度死にかけた身ですから……)」

 

 

 調整体の脆さという事も、水波が達也に素直になれない原因の一つ。その事を知っているのかどうかは分からないが、達也は水波が何か提案してくる間でこの場から移動する事はしなかった。




まぁ普通は疑うよな……

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