劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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何度も言ってる気もしますが


真由美の駄々こね

 二人でティータイムを楽しんでいた響子だったが、共有スペースに人が入ってきたのを感じ内心ため息を吐いたが、表情にそのような不満を見せる事無く入ってきた二人を笑顔で迎える。

 

「真由美さんに市原さん。貴女たちも一緒に如何?」

 

「お願い出来ますか、響子さん」

 

「すみません」

 

 

 響子と旧知の間柄である真由美は笑顔で、この家で生活するようになってから話すようになった鈴音は恐縮しながら響子にお茶を頼む。二人の返事を聞いてすぐ、響子はティーセットを二つキッチンから持ってきて紅茶を淹れ二人の前に置く。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 

 笑顔でお礼を言う真由美に、響子も笑顔で返事をする。先ほどまでのギリギリの会話をしていた空気は、共有スペースから霧散し、ほのぼのとした空気が流れ始めていた。

 

「達也くんと響子さんは、何を話していたの?」

 

「別に、とりとめもない話よ。エリカちゃんたちがお出かけしたから、てっきり達也くんも一緒に出掛けてたのかと思ったって話から始まり、達也くんが抱えている残りの問題とかそんな話」

 

「そうでしたか。あっ、お出かけで思い出したけど、水波ちゃん退院したんでしょ? 今日は香澄ちゃんと泉美ちゃんも一緒に出掛けてるらしいわね」

 

「そうみたいですね。二人は水波の友人ですから、深雪が気を利かせて呼んだのではないでしょうか」

 

「泉美ちゃんは、水波ちゃんよりも深雪さんと一緒、という事に喰いついたかもしれないけど、水波ちゃんの事を蔑ろにするはずもないから、その点は心配してないんだけどね……ただちょっとあの子は暴走すると周りが見えなくなるから、深雪さんに迷惑を掛けないか心配だわ……その所為で四葉家ご当主様の七草家の娘のイメージが悪くなって、私と香澄ちゃんの婚約を破棄されたりしないかしら」

 

「母上もそんな事で七草家へ嫌がらせをしようとは考えないでしょうし、深雪も泉美の性格は知っているので、それを知ってなお泉美を誘ったのですから先輩の心配は無用ではないでしょうか」

 

「達也くん、呼び方がまた『先輩』に戻ってる……せっかく名前で呼んでくれるようになったと思ってたのに」

 

「まだ慣れないものでして」

 

 

 達也にそのような不器用さがあるとは真由美は思っていない。つまり自分をからかって楽しんでいるのだと真由美には感じられていた。だが実際達也は真由美の事を名前で呼ぶことに抵抗を覚えているわけではなく、長い間『先輩』と呼んでいた癖が抜けきらないだけなのだ。

 ではなぜ鈴音の事はあっさりと名前呼びに変更出来たのかと言えば、彼女とは真由美程付き合いがあったわけではなく、先輩と呼ぶ回数も真由美程ではなかった為、癖が染み付く前に名前呼びに変更出来たのである。

 そのような事情を知らない真由美は、達也と鈴音が二人で自分の事をからかって楽しんでいると邪推し、何度も達也に「自分も名前で呼んで」とお願いしたのだ。その所為で達也が彼女を名前で呼ぶのを何となく躊躇ってしまったのだが、彼女はそのような事情を知らない。

 

「エリカちゃんたちは出会ってすぐに名前呼びに変わってたじゃない。だったら私だってすぐに変えられるでしょ?」

 

「あれは深雪と区別をつける為に俺が名前でいいってほのかたちに言って、エリカと美月も『だったら私たちも名前で呼ぶから、こっちも名前でいい』って言われたからです。そもそもエリカたち同級生と先輩を同列視するのは失礼ではありませんか?」

 

「それはそうかもしれないけど……でも達也くん、香澄ちゃんと泉美ちゃんの事は最初から名前で呼んでたわよね? だったら私の事も名前で呼んでくれれば良かったじゃない」

 

「七草先輩の妹さん、と毎回呼ぶのは面倒でしたし、あの二人は名前で呼ばれる事に慣れているようでしたから」

 

 

 双子という事で、昔から苗字より名前で呼ばれる事に慣れていた香澄と泉美は、達也が彼女たちを名前で呼んでも特に不快感を懐くことはなかった。そしてそのまま香澄は達也の婚約者の一人となり、今も名前で呼ばれているわけである。

 

「そういえば響子さんも、すんなりと名前で呼んでもらえてましたよね? 何か秘密でもあったんですか?」

 

「別に秘密なんて無いわよ? ただ私と達也くんは、軍の任務でカップルのフリをしたこともあったし、その時に名前呼びをしてたから」

 

「そんな話、聞いたこと無いんですが」

 

「そりゃそうよ。機密任務だもの。幾ら十師族の人間だからと言って、軍の機密情報を話すわけにはいかないでしょ?」

 

「今は良いんですか?」

 

「何の任務だったかは話しては無いんだし、これくらいなら問題ないわよ。それとも、デート自体が任務だと思ったのかしら?」

 

「そ、そんな勘違いはしませんよ! とにかく達也くん」

 

「はい」

 

「これからは意識して私の事を名前で呼ぶように!」

 

 

 まるで駄々をこねる子供のように言い放ち、残っていた紅茶を一気に飲み干して立ち上がった真由美を見て、三人は顔を見合わせて生暖かい視線を彼女に向けた。

 

「な、なによ……」

 

「いえ、真由美さんは真由美さんだなと思っただけです。別に深い意味はありません」

 

「リンちゃん、それどういう意味よ!」

 

 

 真由美の抗議は当然のように黙殺され、三人はもう一度顔を見合わせて肩を竦めあったのだった。




呼び方くらいどうでもいいと思うんですがね

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