色々話し合った結果、食事の準備はミアが担当するという事で話がまとまった。深雪はリーナに準備させるくらいならと渋々許可したのだが、ミアの家事スキルも水波の足元にも及ばない程度でしかないので、さっきからハラハラとキッチンを眺めている。
「深雪、少しくらい落ち着いたら?」
「あのね、リーナ……キッチンというのは私のテリトリーと言ってもいい場所なの。そこで他の人が作業しているのを落ち着いて見ていられるわけないでしょ。水波ちゃん程の実力があるなら兎も角、ミアさんの家事スキルはそこまでじゃないんでしょ?」
「必要最低限は出来るって言ってたわよ」
「そう……」
必要最低限では安心出来ないので、深雪はさらにそわそわしだす。注意しても無駄だと分かったのか、リーナは達也がいる地下室に向かおうとして、背後から深雪に肩を掴まれた。
「何処に行くのかしら?」
「ちょっと達也にお願いがあるから、地下施設に行こうと思って」
「達也様に御用なら、そこの内線を使って伺って良いかの許可を得てから、私が同行します」
「何で深雪が同行するのよ? 貴女には関係ない話よ?」
「関係あるか無いかは私が判断します。リーナはどのような用件で達也様のお時間を頂戴しようとしているのですか?」
「前に頼んだ代わりのCADの進捗状況を知りたいのよ。巳焼島にいた時は計測のついでに進捗状態もある程度は知れたけど、実際のところどうなのか達也に確認したくてね」
「その事ならそろそろ完成するらしいわよ。達也様が指示をして巳焼島の研究スタッフたちが貴重な時間を割いて制作してくれているらしいから」
「……ところどころに棘を感じるのは気のせいかしら?」
深雪から見れば、リーナの存在は達也にとって邪魔でしかないと思っている。この一分一秒が惜しい今、USNAから余計な問題を持って帰ってきたリーナに、達也の婚約者を名乗る資格すらないと思っている程である。そんな相手に刺々しくなってしまうのは、深雪が特別というわけではないだろう――と深雪本人は思っていた。
「というかリーナ」
「なによ?」
「貴女って随分と人望が無かったのね。パラサイトに自我を乗っ取られた程度で、あっさりと叛乱が起るなんて、貴女が部下を纏められていなかった証拠よ」
「それは! ……確かに私は人望は無かったかもしれないけど、叛乱が起きたのとその事は話が別よ。そもそもパラサイトたちの目的は、達也を無力化する事なんだから、必ずしも私だけが原因というわけじゃ無いわよ」
「それじゃあ貴女は、達也様が悪いというのかしら?」
「そこまでは言わないけど……」
そもそも達也はUSNA相手に何かをしたわけではない。ただ地球の何処にいても攻撃出来る能力を有しているだけなのだ。その能力も、別に無作為に使おうとしているわけではないので、そこまで危険視する必要は無い。むしろ達也を無力化しようとして何発もトゥマーン・ボンバを放っているベゾブラゾフの方が、現状の危険度は高いとすら思える。
「だいたい貴女たちUSNAが何時までも威張り散らしているから、達也様の居場所がなくなりそうになったんじゃないの。少しは大人しく出来ないわけ?」
「国の事を私に言ったってしょうがないでしょ! だいたいステイツと日本は同盟国なんだから、私が日本に助けを求めたっていいじゃないのよ! というか、私はもう『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』でも『アンジー・シリウス』でもなく『九島リーナ』なのよ? 四葉家次期当主である達也の婚約者であり日本に帰化した私が日本にいて、何が問題だというのよ」
「貴女の帰化は表向きに発表されたものじゃないのだから、事情を知らない人間が騒いでも仕方ないのではなくて? 貴女が達也様か母国かさっさと発表しないから、こういった問題に発展してしまったんでしょ」
「私はとっくに達也を選んだつもりよ! それをステイツが何時までもグチグチ発表を引っ張ったから、こういった事になってるの!」
「ほら、結局はUSNAが悪いんじゃないの! 自分たちの落ち度を達也様の所為にしてるなんて、いっそのこと滅びた方が良いんじゃない?」
「どれだけ達也中心の思考をしてるのよ、貴女は! 達也の事を目の敵にしてるのはUSNA軍の中の話で、国民全員がそう思っているわけじゃないのよ? それなのに貴女は、善良なステイツ国民も滅ぼそうとするのかしら?」
だんだんとヒートアップしていく深雪とリーナを、今度はミアがキッチンからオロオロと眺めている。そしてこの部屋にもう一人――
「さっきから何を騒いでいるんだ、二人とも」
――地下施設から部屋に上がってきた達也が、呆れているのを隠そうともしない表情で深雪とリーナを交互に見詰める。
「深雪がこの状況は私の所為だっていうから!」
「リーナが達也様の所為だというからでしょ!」
「そんな事言って無いわよ!」
「少しは落ち着け。幾ら四葉関係者しかいないからと言って、近所迷惑にはなるんだからな」
このビルは防音設備も完璧なのだが、このままだと魔法大戦に発展しそうな勢いだったので、達也はそう言って二人を落ち着かせたのだ。何時魔法を発動させてしまうか分からないくらい頭に血が上っていた自覚があったのか、二人はバツの悪そうな表情でリビングの椅子に腰を下ろし、無言で視線を彷徨わせるのだった。
この二人が魔法対決をするなら、四葉ビルは崩壊するだろうな……