劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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声に出す必要無いんですけどね


パラサイト会議

 七月七日午後六時。日没前の横須賀軍港から大型空母が出港していく。二週間前から寄港していたUSNA海軍の『インディペンデンス』だ。

 インディペンデンスは房総半島南東の公海上で艦載機の夜間発着訓練を行い、そのままハワイ基地へ帰国するスケジュールになっている。二十五ノット前後というこの時代の船舶としてはゆっくり目のスピードで航海に出たインディペンデンスに、ウェーブ・ピアサー型の双胴高速輸送機が接近した。インディペンデンスから飛び立った小型ヘリが、高速輸送艦『ミッドウェイ』に着艦する。ヘリからミッドウェイに降り立ったのは、四人の軍人と一人の民間人。シャルロット・ベガ大尉、ゾーイ・スピカ中尉、レイラ・デネブ少尉の女性士官と、それにジェイコブ・レグルス中尉とレイモンド・クラーク(民間人)である。五人が甲板に揃ったところで、迎えに出ていた下士官が声を張り上げる。彼の声は上昇するヘリのローター音にもかき消されなかった。

 

「スターダスト、ソルジャーC13、チャールズ・クーパー軍曹であります!」

 

「スターズ第四隊隊長、ベガ大尉である」

 

 

 軍曹に答えたのはベガだ。彼女たち四人の中で最も階級が高いのがベガだから、彼女が指揮官として振る舞うのは相談するまでもない事だった。

 

「小官以下スターダストソルジャーメンバー二十名、現時点をもちまして大尉殿の指揮下に入ります」

 

「了解した。軍曹以下二十名を私の指揮下に加える」

 

「ハッ!」

 

 

 ベガの言葉に返事をしたのはクーパー軍曹だけではなかった。声にも出した軍曹を含め二十人分の思念波が一つの思考になって、ベガの意識に流れ込んだ――否、湧きだした。その思念波はレイモンドを含めた他の四人にも届いていた。この輸送艇で運ばれてきた戦闘要員は、全員がパラサイト化したスターダストの強化兵士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベガたち五人は、キャビンではなく輸送艇内の小さなブリーフィングルームに案内された。ベガがそう希望したのだ。

 

「明日の配置を決めておきたい」

 

「そうですね。作戦は明日ですから、早すぎるということはありません」

 

 

 前置きを省いて切り出したベガに、その流儀に慣れているスピカが、性急すぎる印象を和らげるように相槌を打つ。

 

「隊長はどのようにお考えなのですか?」

 

 

 続いてデネブが巳焼島の航空写真をテーブル一体型モニターに呼び出してベガのプランを尋ねる。彼女たち第四隊は、隊長であるベガが一人でだいたいの事を決めてしまうスタイルだった。ベガは航空写真の北東岸を指差しながら、部下の問いに答えた。

 

「そうね、私とデネブ少尉がスターダスト各十名を率いて抵抗を排除。レグルス中尉は後方から援護。スピカ中尉とレイモンド君は本船に残って退路の確保でどうかしら?」

 

「僕は構いませんよ、大尉殿」

 

 

 真っ先に賛同したのはレイモンドだった。ただし、いささか真剣味に乏しい口調だ。

 

「ただ、施設の破壊はどうするんですか?」

 

 

 同じような口調で放たれたレイモンドの質問に、ベガは軽くではあるが顔を顰めた。レイモンドの言い方には、相手を小馬鹿にしているようところがある。ベガに余り者扱いされている事を、レイモンドはレイモンドで不満に思っていた。

 とはいっても、彼らは意識を共有しているパラサイト。ベガの判断はレイモンドの結論でもある。レイモンドの不満は自分の理性に自分の感情が反発しているようなもので、表立って訴えられない。またベガの方も、レイモンドの「面白くない」という気持ちを共有している。心が接続されているから、見て見ぬふりも出来ない。彼らは自分と他人の対立を、自分同士の諍いとして抱え込んでしまう。これは「他人でいられない」弊害と言えよう。

 

「無力化が完了したらレイモンド君を呼ぶわ。船から爆弾を持ってきてもらえるかしら」

 

「はいはい。了解です、大尉殿」

 

「レグルス中尉もそれで良いわね?」

 

「はい、大尉殿」

 

「よろしい。では解散」

 

 

 それ以上自己嫌悪を募らせる前に、ベガは作戦会議を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月八日日曜日、日本時間午前零時。新ソ連極東艦隊は、ウラジオストクを出港した。

 新ソ連艦隊接近。この報せを受けて日本海に面する地域では、多くの企業、学校で臨時休業・休校の措置が執られた。山陰、北陸、東北日本海側各地ではシェルターへの避難準備が勧告され、それに隣接する地域でも厳重注意が呼び掛けられている。

 一昨年の横浜事変は奇襲攻撃だったので、脅威に備える時間が無かった。逆に言えば、迫りくる敵軍の脅威に怯える時間もなかった。

 それに対して今回の新ソ連艦隊は、目に見える形で押し寄せてきている。重苦しいプレッシャーが人々の心にのしかかっていた。

 日本時間正午、新ソ連艦隊は能登半島北西三十海里で停止した。接続水域のすぐ外と言って良い位置だ。フレミングランチャーを主武装とする対地攻撃艦二隻。対空・対艦ミサイル艦四隻。対潜・対艦ミサイル艦四隻。小型戦闘艇十二隻の陣容に加えて、後方十海里に空母とその護衛艦二隻が控えている。

 これに対し日本軍は対空・対艦ミサイル艦四隻と対潜・対艦ミサイル艦六隻を出動させた。これに加えて小型艇各八隻が出港準備を終えて舞鶴、金沢、新潟でスタンバイしている。恐らく文字通りの水面下でも、両軍の潜水艦がにらみ合っているに違いない。

 新ソ連の要求は昨日から変わっていない。戦争犯罪人、劉麗蕾の引き渡し。それに対して日本政府は、国際刑事裁判所の開廷を提案。一方的な断罪は亡命者の人権保護の観点から認められないと回答した。

 劉麗蕾を保護する政府の方針に対して、非難の声が無かったわけではない。外国人の為に国民の命を危険に曝して良いのか、という理屈だ。だがニュースで劉麗蕾の映像が流れると、そうした声は殆ど賛同を得られなくなった。劉麗蕾がまだ十四歳の少女である事、それに加えて彼女が美少女である事が、同情的な空気を増幅したのだと思われる。

 その劉麗蕾は、小松基地から動いていない。そして今日、劉麗蕾の許を一条茜と、彼女の父親で一条家の当主、一条剛毅が訪ねていた。




会議したところで……

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