劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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深雪ではない


妹のお説教

 一条家の兄妹と大亜連合からの亡命者の顔合わせは、和やかな会話で進むべきものだった。だが実際には、険悪な表情でお互いの主張を応酬し合う展開を見せていた。

 

「まだ十四歳という劉少尉の年齢を考慮して、軍事施設ではなく民間でお預かりすると申し上げているのです! 洗脳などという意図は断じてありません!」

 

「まだ十四歳だからこそ、私たち同胞が側にいなければならないのです! 少尉だけ民間施設に移すというのは、私たちの分断を図るものとしか思えない!」

 

「民間施設ではない! 我が一条家で責任をもってお預かりすると申し上げている!」

 

「失礼ながら、十師族の屋敷は単なる市民の住宅ではないでしょう。民間の魔法師軍団を率いる軍閥の館だ」

 

「軍閥などとは失礼な! 十師族が領地を欲した事はない! 我々は魔法師の互助組織だ。だから劉少尉の事も保護したいと言っている」

 

「無用です! こうして日本軍に保護していただくだけで十分です!」

 

 

 口論は将輝と林隊長の間で繰り広げられていた。将輝は林隊長に本音を言い当てられながら、さっきから一歩も引いていない。だがもしこの場に達也が来ていたのなら、このような言い争いになる事は無かっただろう。戦場経験は豊富でも、こういった経験は将輝には不足しているのだ。

 

「失礼ながら、劉少尉は子供だ。子供は軍以外の世界も知らなければならない!」

 

 

 将輝を支えているのは、この青臭い正義感だ。理想論と言うべきかもしれない。彼の経験から出た言葉ではない。実感は将輝自身にも無い。

 将輝は十師族が掲げる魔法師の自治を、自分の意思で魔法を使うべきだと解釈した。兵器になることを強制されない。戦う時は自分自身で決める。自分で決めて兵士になる。魔法が兵器となることを否定しないが、自分自身に選択肢が無ければならない。それが将輝の理念であり、若者らしくこの正義を貫こうとしているのだった。

 

「林隊長、私は一条家でお世話になっても構いません」

 

 

 将輝と林隊長の口論に待ったを掛けたのは、争点となっていた劉麗蕾本人だった。

 

「劉校尉、何を言い出すんですか!?」

 

 

 将輝の言う通りにして良いという劉麗蕾の言葉に、林隊長は単に驚くばかりでなく、焦りも見せた。劉麗蕾のセリフは日本語だったが、林隊長の反駁は中国語だ。

 

「私たちは保護を求めている立場ですけど、校尉がそこまで譲歩する必要はありません!」

 

 

 林隊長は慌てて劉麗蕾に翻意を促す。彼女の言葉は、一応同席していた通訳によって翻訳された。

 

「兄さん、そんなに結論を急がなくても良いんじゃない? 私は一晩くらい、ここに泊まっても構わないよ」

 

 

 茜はギスギスした雰囲気に辟易していたのだろう。彼女は将輝に向かって棚上げを勧めた。立ち会っている基地の軍人もクールダウンが必要だと考えていたのか、茜の提案をこぞって支持した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 劉麗蕾と林護衛隊長は彼女たちに割り当てられた私室に戻り、同席していた基地の士卒も、各々の持ち場に戻っている。

 

「兄さん、話を急ぎすぎ」

 

「……そうだったかな」

 

「そうだよ。相手を怒らせてどうするの」

 

「……怒ってはいなかったと思うが」

 

「馬鹿正直に怒ってますって顔をするはずないでしょ。向こうの立場として。でもあれは絶対怒ってたよ」

 

 

 二人きりになったロビーでは今、将輝に対する茜の説教が続いていた。

 

「だが劉少尉は納得していたようだぞ?」

 

「そんなわけ無いでしょ! あれは自分が人質になれば、この場が上手く収まると考えてのセリフだよ。兄さんだって本当は分かっているくせに」

 

「……すまん」

 

「だいたい兄さんは、女の子の扱いが分かってなさすぎ。レイちゃんが十四歳だって自分で散々言っておきながら、あの高圧的な態度はないでしょ」

 

「ちょっと待て。もしかして『レイちゃん』というのは劉麗蕾少尉のことか?」

 

「んっ? そうだよ。リーレイちゃんだからレイちゃん。あんなに可愛いんだから『劉少尉』じゃ可哀想だよ」

 

「いや、可哀想とか、そう言う問題ではなく手だな。相手は仮にも『十三使徒』の一人だ。いきなり日本流の愛称で呼ぶのはまずくないか?」

 

「えっー、そうかなぁ」

 

 

 会話の焦点が妙な方向へズレ始めたところに、「失礼します」という声と共に基地の兵士が入ってきた。

 

「一条さんに――一条将輝さんにお客様です」

 

 

 ここにいるのが二人とも「一条さん」であることを途中で思い出した二等兵は、そう言い直した。

 

「ここに?」

 

 

 将輝が「俺に?」ではなく「ここに?」と問い返したのは、ある程度無理からぬことだ。外出先、それも国防軍の基地まで追いかけてくるなど、余程重要な用でもない限り考えられない。

 

「失礼。案内していただけるだろうか」

 

 

 しかしその質問が詮無いものであるとすぐに気付いて、将輝は立ち上がりながら兵士に依頼した。

 

「こちらです」

 

 

 兵士が回れ右をして歩き出す。将輝がその背中に続き、当たり前のように茜が将輝の後に続いた。

 

「……お前は来なくてもいいんだぞ」

 

「あたしを一人にしておく気?」

 

 

 将輝は茜の問いかけに答えなかった。同時に、それ以上ついてくるなとも言わなかった。




これが達也と将輝の分かり易い差……

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