深雪が結論を出せずにいるのは、水波にとって光宣がそれほど大切になっている可能性があるのか、という点についてだ。光宣の容姿に心を動かさない女の子は、多分いない。深雪自身も初めて会った時には、思わず目を奪われてしまった。達也という心に決めた男性がいなければ、ほのかな恋心くらいは懐いたかもしれない。
だが恋愛は、容姿が全てではない。男性の事は分からないが、女の子はそんなに単純じゃない、と深雪は思っている。少なくとも自分は、たとえ達也がいなくても見た目だけで恋人を選ぶつもりは無い。そこは恐らく水波も同じだ。一目惚れを否定するつもりは無いが、あれだってきっと、外見だけで恋に落ちているわけではない。外見からにじみ出る内面をひっくるめた、その人の総合的な印象に恋をするのではないか、というのが深雪の意見だ。
光宣の為人を詳しく知る時間は、水波には無かったはずだ。光宣に一目惚れしたような素振りも、水波には見られなかった。前回京都で別れた後、水波が深雪の前で光宣を話題にしたことはない。水波はあまりお喋りではないが、隠し事もそれほど得意でない。ポーカーフェイスを装っていても、近くにいれば案外分かり易かったりする。例えば水波が深雪と達也の距離感に辟易している時は、その気分が深雪にも達也にも筒抜けになっている事が多い。実は、気付いていないフリをしているのは深雪や達也の方だったのである。
その水波が、先日再会するまで、光宣に対する好意を深雪たちに感じさせなかった――いや、達也の方は気付いていたのかもしれないと、深雪は自分の考えを一部否定する。
意識の下ではどうだったのか分からないが、少なくとも意識的には、水波は光宣に対して恋をしていなかった。この点は自信をもって、深雪は断言出来る。そうで無ければ、達也の側にいたいとなど言い出さないはずだから。
「(でも、今まで意識していなかった気持ちに気付いて、それが達也様に対する私の気持ちと同じ種類のものだったら……)」
あまり考えたくはないが、もしかしたら水波が光宣を選ぶ未来もあるのかもしれない。そんな考えに小さく身震いして、深雪は夏布団の下に潜り込んだ。
「(水波ちゃんが私たちの側からいなくなるなんて、考えてもみなかった……でも、水波ちゃんだって女の子なのだから、実らぬ恋より実る恋の方がいいのかもしれないわね)」
水波が達也の妻になる事は、達也が認めても四葉家が認めない可能性が高い。それは水波が調整体であるが故なのだが、同じ調整体である自分が達也と結婚し、水波は永遠に妾というのは、あまりにも水波に悪い気がして、もし水波が光宣を選んだのなら、素直に送り出そうと心に決めたのだった。
達也が帰ってこない事が多くなり、ほのかは夜遅くに雫の部屋を訪れる回数が増えてきていた。元々達也が帰ってきても殆ど話す時間など無いのだが、それでも同じ空間にいられるだけでもほのかは幸せな気分になれていた。だがUSNAが何をしてくるのか分からないのと、光宣がパラサイトになった事で達也の時間はますます無くなり、新魔法の開発や巳焼島への行き来の都合上、四葉ビルに泊まる事が多くなっている。
「なんだか深雪が羨ましいと思う反面、達也さんと一緒にいられてもそれほど話せないと考えると生殺しなのかなって思うんだよね」
「そうだね……もうその話、十回以上聞いてる」
時刻はそろそろ日付が変わる頃。普段の雫はそこまで夜更かしをしないので、既に眠そうな表情をしているが、ほのかが部屋を去る様子はない。付き合いが長いからなのか、ほのかは雫に対しては容赦しない。
「そりゃ私だって、達也さんの状況を考えれば仕方ないって分かるよ。分かるけど、達也さんと一緒にいたいって思うのは仕方ないじゃない? 仮にも婚約者なわけだし、少しくらい達也さんに甘えたりしたいって思っちゃうのは私だけじゃないと思うし」
「うん……」
これが電話だったならば、雫は寝ていたかもしれない。だが相手がすぐ傍にいるので、寝ようとしてもほのかがそれを許さないだろうと分かっているので、雫は何とか意識を保っている。
「最近学校にも来てないし、達也さんと会えない日が増えてきてる……せっかく誰か一人だけって事にならなかったのに、結局深雪が独り占めしてる気分だよ」
「でも、深雪だってそんな甘い気分じゃないでしょ。水波が入院してるんだし、その水波が狙われてるわけだし」
「それはそうかもしれないけど……」
「というか、達也さんなら今日学校に来てたじゃん。ほのかだって会ったでしょ?」
「会ったけど、忙しそうだったから挨拶くらいしか出来てないよ。雫だって何時もなら生徒会室に入り浸るのに、ここ最近は来る回数が減ってるじゃない。それって、達也さんがいないからでしょ?」
「別にそれだけが理由じゃないけど、達也さんがいれば何かあってもすぐにわかるから、別に風紀委員本部に詰めてる必要は無いかなって思ってたのは確か」
雫の思わぬ本音に、ほのかは何か言おうとして何も言葉が見つけられず、そのまま部屋を辞し、雫は漸く夢の世界へと旅立てるのだった。
お眠な雫を想像すると萌える