一高VS三高の試合は、達也が幹比古と七宝を援護する形で真紅郎たちの魔法を無効化し、一高が有利に戦いを進めているように見受けられる。だが、五十里を除く男子三名は、このまま大人しく将輝たちがやられるとは思っていない。何かもう一波乱ありそうな予感がしていた。
その予感が的中したわけではないが、一昨年同様将輝が多数オーバーアタックを発動させる。しかも今年は達也だけでなく、幹比古や七宝も標的となっている。
「あの攻撃は危険だ!」
「司波兄なら何とかなるかもしれないが、吉田や七宝では掠っただけでも致命傷だ!」
「司波君から放たれたプレッシャーに戦いたのだろうが、命の心配がない魔法競技だという事を忘れているようだ」
服部、桐原は後輩たちを心配し、沢木は冷静に将輝の心理を分析する。普段ズレた感じがしている沢木が、冷静に戦況を分析している事に驚いた人間もいるが、その事には誰も触れなかった――いや、触れる余裕がなかった。
達也たちが危険に曝された事で、女子メンバーは口を押えていたが、将輝が魔法を放った次の瞬間にはその魔法は全て消え去った。それこそ、将輝がオーバーアタックを繰り出したのは錯覚だったと思わせる程の一瞬で。
「術式解体っ!? いや、あの魔法は射程も短いし、一回ごとに想子を込めなければいけないからこれほど素早くすべての魔法を無効化出来ないはずだ……」
「じゃあ何だっていうんだよ? 司波兄が術式解体を使えるのは知ってるが、服部の言う通りならあの魔法は何だっていうんだよ」
「まさか……術式解散っ!?」
「そんなっ!?」
「えっ? 何それ?」
CADの調整を普段から他人に――五十里に任せている花音は、何故五十里とあずさが驚いたのかが分からない。桐原や三十野、沢木も似たような表情を浮かべているが、実技だけでなく理論の方でも優秀な服部と、達也の婚約者である紗耶香の表情は他とは違った。
「壬生さん、司波君は術式解散を使えるんじゃないかい?」
「……それを聞いてどうするつもり?」
ほぼ答えのような返事をする紗耶香に、五十里は困惑した表情で頬を掻いてみせる。別に達也の秘密を知ったからと言って言いふらすような事はしないのだが、達也の立場を考えれば秘密にしておきたい事が多いのも理解出来る。だから曖昧な意思表示では教えてもらえないと考え、五十里は真剣な表情で紗耶香の問いに答える。
「術式解散は研究施設の中でのみ存在しているとされている魔法だ。それが使える魔法師は軍事力として引く手あまただろうね。だけど司波君は軍人として使える時間が無い。その事は理解しているし、外に漏らそうだなんて思ってないよ」
「そう……ゴメンなさいね、睨んだりして」
「いや、壬生さんの気持ちも理解出来るし、口止めされている可能性もあるしね」
「達也さん個人としては、ここにいるメンバーになら話しても問題ないと言ってくれるでしょう。でも、本当に他言は無用でお願いね」
「あぁ、約束しよう」
全員を代表して服部がそう答える。服部の言葉につられるように、あずさや沢木も力強く頷き、桐原と三十野もそれに続いた。
「司波君の秘密って、横浜事変の時のとは違うやつなの?」
「そう考えてくれていいわ。それから千代田さん、服部君と中条さん、沢木君はその事を知らないのだから、余計な事は言わないで」
「あっ、そっか……今のは聞かなかったことにして」
あの時別行動をしていた三人に軽く頼み込み、花音は口をつぐむ。視線で五十里に責められさすがに反省したようだ。
「達也さんが何故二科生として入学したのか。それは生まれながらにして魔法力を封じられていただけではないのよ」
「封じられていたという噂は聞いていたが、本当にそうだったんだな」
「沢木、今は口を挿むな」
「あぁ、すまん」
思わず口を挿んだ沢木に、服部が注意する。沢木も服部の言う通りだと思い素直に謝辞を述べる。二人のやり取りに苦笑いを浮かべた紗耶香だったが、すぐに気を取り直して話を続ける。
「達也さんが本来持って生まれた魔法演算領域、そこには二つの魔法が陣取っているの」
「二つの魔法? 一つは前に教えてもらったヤツだよね? 深雪さんが深刻そうに話してた時は気にしなかったけど、あれが一つって事はもう一つは何?」
「花音、それを今から話してくれるんだよ。もう少し我慢して」
「はーい」
チロリと舌を出して謝る花音に、五十里だけでなく服部や桐原からも非難めいた視線が突き刺さる。そこまで責められるとは思っていなかったのか、今度は真面目な表情で頭を下げた。
「達也さんが得意とする二つの魔法の一つ、魔法の固有名称は『分解』」
「『分解』だって!? 構造情報に干渉して分解する最高難易度の魔法じゃないか!?」
「その魔法ともう一つの魔法の所為で、達也さんは他の魔法を自由に使えなかったのよ」
「……確かに、簡単に喋れる内容ではないな」
「後で達也さんにはみんなに話したって報告はしておくから、情報が洩れたら消されるかもしれないわよ」
「約束通り、他言はしない」
分解という魔法を知らされ、消されるという言葉が冗談ではないと理解した服部が、他のメンバーに強く念を押す。さすがに命の危険が伴う情報を軽々しく口にしようとする人はいないので、紗耶香は服部の言葉を信じるのだった。
文字通り「消される」からな……