劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あんまり見たくないと思ってしまうのも仕方がない


良くない思い出

 昼食時になり、小春が帰ってきたのであずさは小春に挨拶をするために彼女の部屋に向かう。あずさだけでは失礼だろうという事で服部が付き添いに選ばれたのだが、彼は何となく押し付けられたと感じていた。

 

「平河先輩、少しよろしいでしょうか?」

 

『開いてるからどうぞ』

 

 

 後輩たちが集まって九校戦を観戦するという事は聞いていたので、小春は帰ってきてすぐ部屋に引っ込んだ。それがあずさには心苦しく思えていたのだが、小春の声を聴く限り彼女が怒っていないと思えるくらいには冷静だった。

 

「失礼します」

 

「お久しぶりね、中条さん。服部君も」

 

「先週に引き続きお邪魔をして申し訳ございません」

 

「別に気にしなくていいわよ。私だけの家ってわけじゃないんだし、何より達也さんが許可してるのに、私が文句を言ってもね」

 

 

 この屋敷の持ち主は四葉家だが、ここで生活する人間の中では達也が持ち主だと認識されているので、達也が許可すれば大抵の事は文句を言わずに受け入れる心構えなのだ。だがその事をよく知らないあずさたちは、小春が我慢しているのではないかと疑う。

 

「なんでしたら平河先輩もご一緒に観戦しませんか?」

 

「私はいいわよ。嫌な事を思い出しそうだし」

 

「あっ……」

 

 

 小春の言葉で、あずさは小春が九校戦にあまり良い思い出が無い事を思い出した。服部も当時の事は知っているので、ゆっくりと小春から視線を逸らす。

 

「別に二人が気に病む必要は無いわよ。小早川さんも防衛大学で頑張ってるんだし、私もこうして魔法に携わろうとしてるんだから。ただ、自分の無力さを思い知らされたのはあの時だったなってだけ」

 

「まさか運営側に犯罪組織の協力者がいたなんて、そんなこと思いもしませんでしたから、必ずしも平河先輩が無力だったわけではないと思いますが」

 

「別にいいのよ、中条さん。私はあの時、自分が調整したCADに異物を混入された事に気付けず、選手を危険な目に遭わせたの。達也さんが小早川さんに何をしたのかは分からないけど、彼のお陰で友人を魔法界から離れさせる事無く済んだのは事実だからね」

 

「その……小早川先輩とは今でも?」

 

「むしろ私の方が心配されてるくらいよ。彼女、完全に立ち直ってるわ」

 

 

 再び魔法を扱う事は出来ないが、小早川は今の自分に出来る事を必死でしようとしている。達也が摩利を介して小早川に発破をかけたという事は、小春も聞いていた。

 

「彼女は達也さんとは違う土俵にいるから良いけど、同じ研究者志望としては、彼の実力は羨ましい限りだもの」

 

「それは私も分かります……司波君の方が年下なのに、って何度思った事か」

 

「中条さんもなのね。でも達也さんの真実を知れば、競争意識を持つだけ無駄だって分かったから、最近はマシになってきたんじゃない?」

 

「ですが、中条は公表される前から司波の事をトーラス・シルバーじゃないかと疑っていましたので、マシになったのかどうかは微妙なのではありませんかね」

 

 

 ずっと黙っていた服部だったが、思わず口を挿んだ。あずさが達也の事をトーラス・シルバーではないかと疑っていたことを知っていた身としては、ツッコまずにはいられなかったのだろう。

 

「あらそうだったの? 確かに改めて思えば達也さんがトーラス・シルバーだって考えるきっかけはいくらでもあったのかもしれない。でも私は婚約するまで達也さんがトーラス・シルバーだって思った事は無かったわ。中条さんは何を以て達也さん=トーラス・シルバーだって思ったのかしら?」

 

 

 小春に問われ、あずさは一昨年の九校戦の際に感じた疑問点を挙げていく。あずさの話を聞いてく内に、小春は何度も頷いてあずさが懐いた疑問は当然だと考えるようになっていた。

 

「確かに改めて言われればそうね……起動式が公開されていない魔法をインストール出来たのは、達也さんがその起動式を知っていたから。でも彼はAランク魔法師じゃない。となると残された可能性は彼が高レベルなエンジニアであるという事になる……そこだけならトーラス・シルバーとは結びつかないかもしれなかったけども、新人戦ミラージ・バットの光井さんと里見さん、吉田君が使う術式に含まれていた無駄を省き、PC上でのみ魔法を改良する技術、当然のように用意できた飛行魔法……これだけ材料が揃っていれば、普通疑うわね」

 

「あの時の司波君は目立つことを嫌っていましたので、この事を聞けなかったんです」

 

「その後も、論文コンペや恒星炉実験といった実績もあるし、中条さんのように疑う人がいなかったという方が不思議ね」

 

「さすがにイメージが違い過ぎたんだと思います。自分もですが、まさかトーラス・シルバーが高校生だとは思いませんから」

 

「確かにそれもあったかもしれませんが、司波君が二科生であったことも、疑われずに済んでいた要因だったのではないかと今は思っています」

 

「世界的なエンジニアが二科生なわけがない、か……勝手に思い込んでいた結果、俺たちも司波の正体を隠す手伝いをしていたのかもしれないな」

 

 

 服部が真面目な表情で何度も頷く姿を、小春とあずさは笑いをこらえながら眺めるのだった。




服部も基本真面目だからなぁ……

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