新居に到着したは良いが、どうやって中に入れば良いのか分からず途方にくれそうになった二人を出迎えたのは、ここの住人である紗耶香――ではなく、敷地内でトレーニングをしていた沢木だった。
「おっ、中条に服部か。久しぶりだな」
「沢木か……お前、こんなところで何をしてるんだ?」
「せっかく広い前庭があるんだ。軽くランニングをさせてもらえないかと壬生に尋ね、司波君から許可をもらったから遠慮なく走ってるところだ」
「お前はそういうやつだったな……」
沢木の性格を理解していてもなお呆れてしまう程、服部は今の沢木を受け容れる事は難しいと感じていた。他人の家――あまり交友の無かった後輩の家で緊張などせず、むしろトレーニングにうってつけだと思う神経が、服部からしてみれば信じられなかったのだろう。
「それよりも、二人で来たのか? てっきり五十里や千代田と一緒に来ると思ってたんだが」
「向こうは二人きりの方がいいだろうしな。それよりも壬生を呼んでくれ。お前じゃこの門を開けられないだろ?」
「来客用のIDを渡されているから、俺でも開けられるが、一応住人である壬生を呼んだ方がいいな。ちょっと待っていてくれ」
服部の言葉に頷いてから、沢木は室内に駆け込んでいった。その背中を見送りながら、服部は変わらない友人を見て笑みを浮かべる。
「服部君、なんだかうれしそうだね」
「沢木の事だから変わっていないだろうとは思っていたが、あまりにも変わらな過ぎて呆れてるだけだ」
良く言えば純真で真っ直ぐな性格、悪く言えば子供っぽさが抜けきらない沢木の性格はあずさも知っている。同級生の間で『残念な男前』だの『少年ファイター』など呼ばれていたことを本人は知らないんだろうなと、あずさは服部につられるように苦笑した。
「お久しぶりね、中条さん。服部君も」
「旅行以来だな」
「今門を開けるわね。それと、これが二人の来客用のID。達也くんに頼んで発行してもらったヤツだから、反応しないって事は無いと思うよ」
「司波くんに、ですか? でも彼は今九校戦の会場にいるんじゃ」
「この程度なら達也くんにとっては造作もない事よ。ここのセキュリティを管理してるのは彼だしね」
そう言って紗耶香は門を開き、二人にIDを手渡す。思ったよりも普通のIDカードで、あずさは少しがっかりした様子が見られる。
「それにしても、さすがは四葉家の所有する建物、といったところか。普通ここまで厳重な警備は必要無いと思うんだがな」
「達也くんの事を考えれば、このくらいでも足りないんじゃないかと思うけどね。それよりも入って。もう巴と桐原君も来てるし」
「そうなのか。さっき沢木にはあったが、桐原たちも来ていたのか」
「桐原君もさっきまではトレーニングをしてたんだけどね。巴に怒られて先に切り上げたみたい」
「既に尻に敷かれてるのか」
桐原と三十野は服部とあずさとは違い付き合っている間柄なので、上下関係が発生していると思っていたが、まさか本当にそういう関係があるとは思っていなかったのだろう。服部は何処か同情的な雰囲気を醸し出している。
「巴の性格を考えれば、桐原君が上に立つなんて事はあり得ないと思うけどね」
「そういうお前たちはどうなんだ? 司波はそういう事に興味なさそうだが」
「そうね。達也くんは基本的に私たちの自由にさせてくれるし、それが出来るだけの器量も資金も持ち合わせてるから。でも、私たちが達也くんを下に出来るわけ無いでしょ」
「それもそうだな。司波の事を尻に敷けるとしたら、司波さんか七草先輩くらいか?」
「それ、二人に聞かれたら服部君は氷漬けにされちゃうでしょうね」
「そ、そうだな……」
幸いこの場所に二人はいないので、本当に氷漬けにされる事はないと分かっているのだが、服部の表情はどこか引きつっている。二人の魔法力を考えれば人一人氷漬けにするくらい簡単だと知っているからだろうと、あずさは服部の表情からそう読み取った。
「ところで千代田さんたちは? てっきり一緒に来ると思ってたんだけど」
「さっき沢木君にも言ったけど、向こうは二人きりの方が嬉しいだろうって思ったから声はかけなかったの。あの二人ならこの場所も知ってるだろうしね」
「そうだね。五十里君は兎も角、千代田さんは二人きりの方が嬉しいだろうし」
そんな話をしていたからではないが、向こうからペアルックのカップルがやってきた。周りの目など気にした様子の無い女性とは違い、男性の方は何処か恥ずかしそうな雰囲気に見える。
「相変わらず五十里は千代田に押し切られたんだろうな」
「五十里君はユニセックスでも似合うから良いけど」
「それ、本人には言うなよ。あいつなりに気にしてるらしいから」
「それは知ってるよ。服部君よりも付き合いは長いからね」
「まぁ、それはそうだが」
服部が生徒会を抜けてから五十里が生徒会に入ったので、付き合いはあずさの方がある。それは服部も分かるのだが、同じ男子として付き合いがある自分の方が、五十里の気持ちを理解しているのではないかと一瞬思ったが、それは口にしてもしょうがない事なので口にしなかった。
男前のバカってキャラが強い