九校戦も全プログラムを終了し、残すところ後夜祭だけとなった。一高の九校戦総合優勝、新人戦優勝、モノリス・コードの優勝を祝してささやかな祝勝会が開かれていた。
「達也さま、深雪様、お飲み物をお持ちしました」
祝勝会と言っても、達也の部屋に深雪と水波が押しかけ、お疲れ様会を開いているだけだ。ちなみに、幹比古たちは後夜祭の準備があるエリカたちに連れられて別の祝勝会が開かれている。
「達也様、光宣君と文弥君、どちらが強かったですか?」
「文弥の手の内は知り尽くしているから、そういう意味では光宣の方が強かったな」
「ですが、光宣君の攻撃は危なげなく躱していたではないですか。逆に文弥君には攻撃のチャンスを与えていなかったのを考えると、文弥君の方を警戒していたようにも思えるのですが」
「文弥は最初から俺に勝てるとは思っていなかったようで、力配分を気にせず突っ込んできたからな。早めにダウンさせておいた方が楽が出来ると思っただけだ。普段通りに攻めてきたのなら、もう少し相手をしてやらない事も無かったんだが」
「文弥様は達也さまと戦えるだけで満足しているように思えました」
お茶の用意を終えた水波が達也と深雪の会話に加わる。普段は会話に割り込むことはしない水波だが、来年達也の代わりに作戦参謀を務める事が確実視されている立場から、相手を分析した結果を達也に評価してもらいたかったのだろう。
「そうだな。光宣は俺に勝つつもりがあったが、文弥にはそれが無かった。単に俺の実力を知っていたというだけではないだろう」
「文弥君は達也様の事を尊敬していますし、達也様と戦う機会など無いと思っていたのではないでしょうか」
「確かに黒葉家として達也さまと対立する可能性はありましたが、文弥様個人として達也さまと対立する事はないでしょうから、深雪様の仰られた通りかと」
「貢さんももう俺と事を構えるつもりは無いだろうがな」
亜夜子を婚約者として認めている以上、達也と争えば娘が敵に回るという事を自覚しているだろうと達也は思っている。そして亜夜子が敵に回るという事は、黒羽家次期当主である文弥も敵に回る可能性があるのだ。現当主が次期当主と戦うという構図は、黒羽家の存続にかかわる問題に発展する可能性がある。
「達也様が仰れば黒羽家を潰す事も可能ですからね」
「ですが、達也さまは分家の方々と事を構えるつもりは無いですよね」
「俺一人ですべて出来るとは思ってないからな」
真夜もだが、四葉家の全てを牛耳っているわけではない。誰も逆らおうとはしていないので勘違いを誘発している可能性もあるが、真夜は分家当主にある程度の自由を認めているのだ。
「ですが、叔母様の許可無く事を進める分家当主はいませんよね?」
「母上には忠誠を誓うが、俺にも誓うとは限らないだろ?」
「達也さまが当主の座を引き継げば、真夜様は悠々自適の生活を送るつもりでしょう。そうなれば達也さまの足を引っ張ろうとしている分家当主に対して嫌がらせをする可能性は十分にございます。それを考えれば達也さまに逆らおうとは思わないかと」
「水波ちゃんの言い方だと、達也様個人では分家を纏められないって聞こえるんだけど?」
「そ、そのような意図はございません!」
深雪の機嫌が傾きだしたので、水波は慌てて否定する。その態度がますます疑わしいと深雪は水波に冷たい視線を浴びせ続けるが、達也がそれを遮った。
「水波にそんな意図がない事くらい深雪にも分かるだろう? というか、深雪だって本気で水波の事を責めているわけじゃないだろ」
「当たり前じゃないですか。私だって全ての事を一人で出来るとは思っていませんわ。いくら達也様が優秀だからといって、達也様が全てをしてしまったら私がお手伝い出来ないじゃないですか」
「そういう問題じゃないだろ……」
かなりズレた感想を述べた深雪に、達也は呆れた様子を隠そうともしない態度でツッコミを入れる。しかしこの部屋では達也の方が少数派で、水波も達也の世話が出来ないという事態は耐えられないようだった。
「達也さまならばすべての事を出来るかもしれませんが、少しくらい頼っていただきたいです」
「そうよね! 自分の周りの事をちゃんと片付けるのは達也様の美点ですけど、もう少し深雪に仕事を与えてくれても宜しいのではないでしょうか」
「一人部屋なんだし、散らかる要素も無いだろ」
「そうかもしれませんが、九校戦期間中は達也様のお世話を出来なかったのですから、少しくらい深雪にお仕事をくださいませ」
「今はとりあえず我慢してくれ。家に戻ればそれなりに頼むことがあるだろうから」
「ですが、達也様は九校戦が終わればまた忙しくなるでしょう。そうなるとまた深雪は達也様との時間を確保できなくなってしまいます。ですから、今くらいは達也様に甘えさせてください」
「まぁ、この部屋には俺と深雪、そして水波しかいないからな」
ここで拒否しても深雪は甘え続けるという事を理解しているので、達也は苦笑気味の笑みを浮かべながら深雪の髪を梳く。気持ちよさそうに目を細める深雪を、水波は少し羨ましそうに眺めたのだった。
結局深雪が一番なのか?