自校の勝利に浮かれる人を見ながら、深雪は気絶している将輝に鋭い視線を向けていた。その表情が気になったほのかが、深雪に声を掛けようとしたが、水波がそれを遮った。普段の水波ならそのような事をしないと知っているほのかは、今の深雪に声を掛けてはいけないのだと思い、そっと水波に尋ねた。
「(深雪は何に怒ってるの? 水波ちゃんは分かる?)」
「(達也さまが一瞬で撃ち落としたのでほのか様はお気づきになられなかったのでしょうが、一条将輝さんは達也さま、吉田様、七宝様目掛けて過剰攻撃を仕掛けたのです。一昨年同様――いえ、狙いが達也さまだけではなかったのを考えれば、一昨年以上に悪質だと言えるでしょう。もちろん、意識しての過剰攻撃ではなく、実戦の恐怖を知っているからこその反射、なのでしょうが、それでも許せるものではありません。ましてや一昨年と同じ過ちを繰り返した相手が、自分に婚約を申し込んできている相手なのですから尚更です)」
「(深雪は一条くんの婚約を断ったって聞いてるけど)」
水波の話を聞いていた雫がそう尋ねると、ほのかも頷いて同意する。彼女も深雪が将輝から婚約を申し込まれている事と、深雪がそれを速攻で断ったと聞いているので、今更そんな事を気にしてるとは思っていなかったのだ。
「(深雪様はお断りしたのですが、ご当主様が『一条様が深雪様を振り向かせることが出来るのなら』という条件で、正式なお断りの返事を先送りにしたのです。もちろん、深雪様は達也さま一筋なのであり得ない事だとご当主様も分かっているのですが、一刀両断に断ってしまうと、今後の四葉家と一条家の関係に問題が発生する可能性があるのでそうしたのだと私は思っています)」
「(つまり、あり得ない可能性を信じて一条くんは深雪にアプローチを続けてるって事?)」
「(端的に申し上げれば、そのような事だと思います)」
「(まぁ、達也さんとの婚約は法で認められているわけで、その婚約が発表されてからとやかく言いだしても遅いわけだしね)」
「(そもそも深雪が達也さん以外の男性に靡くなんて思わないんだけどな……それは深雪の事をちょっとでも知っていれば分かると思うんだけど)」
ほのかの言葉に、雫と水波も頷く。まだ兄妹だった頃から深雪は達也に対して特別な思いを懐いていた。本人は否定していたが、あれはどう考えても恋慕の情だった。そんな禁断な想いを懐くほど達也の事を想っていた深雪が達也以外の異性を異性と思うわけがない。
「(そもそも達也さんを危険な目に遭わせた相手を、深雪が許すわけ無い)」
「(一昨年のオーバーアタック、達也さんは直撃は避けたって言ってたけど、今思えばそうじゃなかったんだよね?)」
雫の問いかけに、水波は難しい表情を浮かべながら頷く。周りの耳があるので声に出すのは憚られるが、事情を知っている二人にはこれで通じる。つまりオーバーアタックを受けてなお戦闘を続けられたのは、達也があの一瞬で『自己修復術式』を起動させたからなのだ。
「(達也さん相手じゃなかったら、一条くんは人殺しだったわけで、次期当主としての地位も剥奪されていたわけだよね? そうなれば深雪の相手として相応しくないのは、むしろ一条くんの方だと思うけど)」
「(近親婚は避けるべきだって言ってるみたいだけど、深雪と達也さんは兄妹じゃなくて従兄妹。法で禁じられているわけでもないし、達也さんの結婚は国が特例を認める程の重大案件。人殺しだったかもしれない人より、達也さんとの子の方が国としてもありがたいと思う)」
「(国の思惑は横に置いておくにしても、深雪様が達也さま以外の男性に抱かれるおつもりがないのは、お側に仕えていて感じました。もちろん、達也さまとの関係がただの兄妹だった場合、深雪様は四葉家の為に子を成したかもしれませんが、その相手を愛したかは別ですので)」
「(そもそも深雪が達也さん以外の異性を愛するわけがない。散々否定してたけど、あれは兄に向けて良い感情じゃなかったし)」
「(七草先輩が達也さんに近づくだけで不機嫌になってたりしてたしね)」
「(まぁ、私たちが近づいても許してくれてたわけだし、当時の事は忘れるにしたって、今の深雪を見て達也さん以外の男性と婚約するなんて思えない)」
兄妹という枷から解き放たれた影響なのか、以前に増して深雪は達也に甘える事が増えた――とほのかと雫は感じている。無論他の人の目がある時はしっかりと律しているのだが、身内しかいない生徒会室などでは、必要以上に達也に甘えていたりしていた。その所為であずさが辟易していたのを思い出し、雫とほのかは同時に苦笑いを浮かべた。
「さっきからなにコソコソ話してるの?」
「な、何でもないよ。それより、達也さんたち勝ったね」
「当然よ。ほのかは達也様が負けると思ってたの?」
「そんな事ない! 達也さんが負けるはずないし、危ない目に遭う事も無いと思ってたけど、実際勝ったところ見れば嬉しいでしょ?」
「……それもそうね。あの程度、達也様にとっては危険でも何でもないわけだし」
「(うぅ……怖かった)」
深雪の威圧感に震えそうになったほのかだったが、何とか踏みとどまり深雪の意識を自分から逸らさせた。一連の流れを見ていた雫は、ほのかの背中を優しくさすったのだった。
やっぱり魔法科の世界で一番怒らせちゃいけないのは深雪かもしれないな……達也は別として