新人戦二日目も、特に想定外の出来事は起こらずに順当に進んでいる。客席からも昨日のような落胆のため息なども減り、漸く平和な新人戦となりつつある。
そんな中に、緊張から吐きそうになる選手や、応援に熱を込め過ぎて声をからすスタッフなども目立ち始めているのを見れば、何処の学校も今回の九校戦に対する不満はないようだと判断できるだろう。
「侍朗君、大丈夫?」
「あ、あぁ……せめて応援だけでも頑張ろうと思ってたんだが、熱気にやられた……」
明後日からモノリス・コードに参加するはずの侍朗も、客席から一高選手を応援していたのだが、あまりの熱気に眩暈を起こして救護所に運び込まれた。なんとも情けない恰好だが、誰一人侍朗を笑うものはいなかった。
「後で千葉先輩と西城先輩にお礼を言わなきゃね。熱気にやられて眩暈と鼻血を出すなんて、普通なら笑われても仕方がない事だよ?」
「分かってるさ……だからみっともないと思ってるんだ……」
侍朗が倒れた時、周辺の一科生たちは笑いそうになったが、エリカとレオが――
「真剣に応援している人間を笑うヤツは許さない」
――と言いたげな目で周囲を威嚇したお陰で、誰一人として侍朗を笑うものはいなかったのだ。もちろん、内心では笑っている人間はいるだろうが、詩奈が見ているところで自分が笑われずに済んだのは間違いなくあの二人のお陰だと侍朗も理解している。
「それにしても、他の人を応援できるくらい余裕が出てきたみたいで、私は嬉しかったんだけどな」
「他の事に意識を向ける事で、自分の出番の事を忘れようとしているだけだ。吉田先輩からそうすると気が楽になるって教わったんだ」
「そうなの? というか、何時の間に吉田先輩とお話したの?」
「昨日千葉先輩と西城先輩と一緒に行動していた時に、吉田先輩と柴田先輩も合流した時に」
「私が桜井先輩と一緒にいた時か。それじゃあ知らなくても仕方がないね」
「詩奈は俺の保護者か? 逐一報告しなくてもいいだろ」
「だって、私は司波会長と約束してるんだから。侍朗君が問題を起こさないよう、私が監視するって」
「入学直後の事は反省しているが、別に四六時中監視してる必要は無いだろ? 俺だってもう、ところかまわず魔法を使おうだなんて考えてないから」
「本当かな? 侍朗君、私の姿が見当たらないとすぐに魔法を使おうとするし」
「それは……お前の事が心配だから……」
「私だって、四六時中一緒にいなくても大丈夫だよ」
互いに互いを心配し合っている事は分かっているので、あまり強い口調にはならず詩奈も侍朗もやんわりと相手の心配を無用だと告げる。だがそれで安心出来るほど、二人とも相手の事に無関心ではいられないのだ。
「とりあえず、この大会中、侍朗君は私と別行動している時の事を私に報告する事。迷惑を掛けたら主として謝らなきゃいけないんだから」
「別に詩奈に謝らせるような事はしないよ! というか、詩奈こそ先輩たちに迷惑をかけないようにしろよ? 補佐とはいえ、詩奈だって立派に戦力としてカウントされてるんだからな」
「そんな事、侍朗君に言われなくても分かってるよ。そもそも私は先輩たちが立てた作戦を見て勉強する立場なんだから、迷惑をかけようがないじゃない」
「そ、そうだな……」
もちろん詩奈が作戦を考える事もあるのだが、大抵は達也と水波が考えた作戦を採用しているので、詩奈に意見を求められるのは相手がどう動くかだけだ。それだって達也や水波が考えている事と違う事を言わなければ問題ないわけで、詩奈が達也たちに迷惑をかける確率など、殆どゼロに等しいのだ。
それに比べて侍朗が諸先輩たちに何かする確率は、ゼロとは言い切れない。詩奈に何かあったとなれば、侍朗は先輩たちの制止を振り切ってでも自分の事に駆け付けるだろうと、詩奈は確信している。その際に周囲に迷惑をかける事になったとしても、侍朗は自重しないだろうという事も。
ここ二年は九校戦にちょっかいを出してくる集団がいたことを考えれば、自分が事件に巻き込まれる可能性はゼロではないと思っているだけに、そうなれば侍朗が迷惑をかける可能性が高まると心配しているのだ。
「とにかく、今はちゃんと頭を冷やして、それから先輩たちにお礼を言いに行こうね」
「分かったよ……」
「あらあら、私はお邪魔みたいだから、氷はここに置いておくわね」
「あ、安宿先生……」
氷嚢の用意をしていた怜美にやり取りを見られ、詩奈と侍朗は揃って頬を赤らめる。一高の救護所なのだから一高の養護教諭である怜美がいるのは当然なのだが、二人はその事を失念していたのだった。
「は、恥ずかしいところを見られちゃったね」
「べ、別に恥ずかしいとは思ってないよ……ただ、みっともないとは思う」
「まぁ、この格好だもんね」
侍朗はベッドではなくソファに身体を預け、詩奈の膝枕で休んでいるのだ。最初は普通に頭をソファに預けていたのだが、怜美が氷嚢の用意をしに行っている間に、いつの間にか今の格好になっていたのだ。二人は頬を赤らめながらも、二人きりになった空間で互いの体温を感じ合っていたのだった。
またからかわれるネタになるな……