劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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立場的には仕方がないかな……


侍朗の心境

 九校戦四日目の朝。今日から四日間は本戦は休みで、新人戦となる。今回唯一の二科生として参加する侍朗は、朝から具合が悪そうにしている。

 そんな侍朗を食堂で見つけた詩奈は「しょうがないな」と言いたげな表情で友人たちに断りを入れ、侍朗の隣に移動し腰を下ろした。

 

「侍朗君、何でそんなに顔が白いの?」

 

「あっ、詩奈か……」

 

 

 普段なら自分が近づく前に気付くはずなのにと、詩奈は侍朗に心の余裕が無くなってきている事を理解し、これ見よがしにため息を吐いた。

 

「な、なんだよ……」

 

「侍朗君の出番は新人戦三日目からだよ? 今から緊張してたら身体がもたないって」

 

「そんな事言われても……俺には縁が無い事だと思ってたから、入学当初から覚悟を決めてたわけでもないし、ましてや二科生なのに選出されてるわけだから、周りからの期待や嫉妬の視線が多くて……」

 

 

 侍朗は達也のような図太い神経をしているわけではないので、そう言った視線に堪えているのだった。もちろん、一つや二つなら侍朗だって気にしないだろうが、同級生や上級生、ましてやOBやOGからもそのような視線を向けられているのだ。自分の出番がどうこうという次元ではなくなってきているのだろう。

 

「そんなにプレッシャーを感じるのなら、どうして断らなかったの? 司波先輩は別に強制してきたわけじゃないんだし、こうなる事はあの時から分かってたじゃない」

 

「それは……」

 

 

 詩奈の護衛として――彼氏として一緒に過ごしたかったからだと、侍朗は心の中で言い訳をする。それを口に出して宣言する程、侍朗は周りの目を気にしていないわけではなかった。

 

「九校戦のメンバーに選出されれば、多かれ少なかれ嫉妬されたり期待されたりするんだから、試合当日になれば今以上にその視線が来るんだよ? 今からそんなんじゃ試合なんて到底無理だって」

 

「そんな事、詩奈に言われなくても分かってるさ……」

 

「ならいい加減開き直るか覚悟を決めたらどうなの? 侍朗君がそんなんじゃ、侍朗君を信じて推薦してくれた千葉先輩や西城先輩、またその二人を信じて侍朗君をメンバーに選んだ司波先輩に失礼だよ?」

 

「うっ……」

 

 

 自分一人の問題なら逃げ出す事も出来たかもしれないが、上級生の――しかもその中でも指折りの実力者たちの顔に泥を塗る結果になれば、九校戦後の稽古がどれ程の物になるか、侍朗にも想像できた。もちろん、エリカやレオがそんな事で厳しくするはずはないのだが、侍朗からすれば二人は恐怖の対象になりつつあるのだ。

 また達也には、入学直後に手痛い目に遭わされているので、エリカやレオに加えて達也まで稽古に加わってきたらと考え、侍朗の表情はさらに白くなっていく。

 

「嫉妬も期待も注目されてる競技だから仕方ないって思わないと。それに、侍朗君が活躍するところ、私は見たいよ?」

 

 

 主として、幼馴染として、そして彼女としての言葉なのか、単純に発破をかけただけなのかは分からないが、詩奈のその言葉は侍朗の表情を通常並みに戻す威力があった。俯いていた顔を上げ、幾分か生気の戻った表情で詩奈を見詰めてくる侍朗に、彼女は微笑み頷いた。

 

「まだ出番まで日もあるんだし、応援に徹しよう? それに侍朗君ならモノリス・コードで活躍出来るよ。直接攻撃が禁止されているし、司波先輩から教わった戦い方をしてれば、そうそう狙われたりすることも無いだろうし」

 

「そうかもしれないけど、なんだかみっともなくないか?」

 

「じゃあ侍朗君は、正面から戦って勝てると思ってるの?」

 

「そんな事は無いけど……」

 

 

 侍朗の魔法特性を考えれば、真正面から戦うよりも側面から姿を隠して攻撃を仕掛け、敵の注意を割いて味方にとって有利な戦況を作り出すのが普通だ。もちろん攻撃魔法も使えなくはないが、高威力な魔法は期待できない。ましてエリカやレオとしている訓練の殆どは剣術や基礎体力を付ける目的が強いため、魔法競技に向いているわけでもない。

 それでも侍朗を選出したのは、入学直後に侍朗が達也に仕掛けようとした魔法が関係している。物体に魔法を掛け礫とする。直接攻撃が禁止されているモノリス・コードでも、物体を飛ばして攻撃する分には違反ではない。実際一昨年の新人戦モノリス・コードでレオが使った武装デバイス『小通連』は違反ではなかった。元々玩具程度の実用性しか考えていなかったものではあったが、モノリス・コードでは大いに役に立ち、その後改良されFLTから販売された程、宣伝効果が大きかったのだ。

 

「とりあえず侍朗君は今日、私と一緒にみんなの応援をしよ? 自分の事を考える余裕が無くなれば、もう少し気楽になれると思うし」

 

「応援って言っても、知り合いはいないし……」

 

「同じ学校の仲間が戦ってるんだから、知り合いとかそうじゃないとか関係なく応援しようよ! 千葉先輩や西城先輩だってそんな感じなんだから」

 

「あの二人は割とノリで物事を進めるって司波先輩や吉田先輩が言ってた」

 

「そんな感じはするけど、考え過ぎて沈み込むよりはよっぽどいいと思うよ。ほら、行こ?」

 

 

 詩奈に手を引っ張られ、侍朗は女子スピード・シューティング会場へと引っ張られていく。その光景を一年生たちは複雑な思いで、上級生たちは微笑ましげな表情で見送ったのだった。




侍朗も詩奈には逆らえないからな……

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