劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1662 / 2283
こういう場所こそ、この人の出番だと思うんだが……


人の気配

 幹比古やエリカたちと別れ部屋に向かう途中、達也は一高生ではない人物の存在を察知し、足を止める。そして一目の少ない所に移動してから、その存在に声をかけた。

 

「香蓮、何か用か?」

 

「さすが達也様です。少しお時間よろしいでしょうか?」

 

 

 いくら婚約者とはいえ今は敵同士。あまり一緒にいるところを見られてはマズいとの考慮で場所を変えた事で、達也の方に自分と話すつもりがあると理解しているが、念の為達也の都合を尋ねる香蓮。達也の方も分かり切っている返事をし、香蓮に席を勧めた。

 

「それで、何の用だ?」

 

「今日のクラウド・ボール、達也様は表向き担当はしておりませんでしたが、対愛梨用の作戦を立てたのは達也様ですよね? 七草の双子を愛梨に当てる事で疲弊させ、どちらかで仕留めると」

 

「それでも勝ち切れるか分からなかったが、思ってた以上に香澄が善戦した結果だ」

 

「確かに七草香澄さんとの試合は死闘と言っても過言ではないくらいの熱戦でした。ですが、一試合でも間が空けばこの作戦は使えなかったはずです。達也様にしてみたら随分と杜撰な作戦ですが、その辺りどう思われているのかお聞きしたかったのです。九校戦が終わってからゆっくり聞ければよかったのですが、達也様はお忙しいお方ですので、こうして人目を避けて聞きに来たのです」

 

 

 香蓮が自分の都合で動いているのではないと、達也も重々承知している。三高の――愛梨の作戦参謀として、負けた要因を分析しているのだろう。もちろん、達也に答えてやる義理は無いのだが、別に隠してるわけでもないので正直に話す事にした。

 

「もちろん香澄と泉美が連続で愛梨と戦う可能性はかなり低かった。だがこの三人がそれぞれ以外に負ける事は無いだろうし、確実に二人と当たる確率の方が高かったからな。間が空いたとしても、愛梨は既に一度死闘を繰り広げた後だから、残った片方の方が有利だとは思っていた」

 

「双子で戦い方も似ている事で、愛梨に精神的なプレッシャーを与える事も出来る、という事ですか?」

 

「香澄や泉美は否定するだろうが、あの二人は根っこは似ているからな。愛梨程の実力者なら、その事を見抜くだろうとも思っていた」

 

「つまり、どれだけ間が空こうが、愛梨の方が不利になるように考えていた、という事ですか……そう考えると、納得は出来ますね」

 

 

 漸く納得したという表情で頷いて、香蓮は達也の許を離れ三高に宛がわれているエリアへ戻っていった。達也は香蓮が完全に去って行ったのを確認してから、誰もいない壁に話しかける。

 

「何故貴女がここにいるんですか? 今回の九校戦、裏で動いている組織は無いはずですが」

 

「べ、別にそっちで動いてるわけじゃないわよ! 一高のカウンセラーとして、試合前に不安を抱えてる選手の相手をするために派遣されただけ」

 

 

 隠形を使っていたが達也に見破られていた事と、別の理由でここにいるのではないかと疑われ、遥は必要以上に焦って見せる。遥を焦らせたところで別に何とも思わない達也は、慌てている遥に冷たい視線を向ける。その視線が遥を更に焦らせているとは知らずに。

 

「だったらどうして隠れてたんですか? 堂々と姿を見せればよかったではないですか」

 

「達也くんが他校の生徒と接触してるから、何をしてるのか探ってただけよ。世間話の範疇で安心したけど」

 

「あれを世間話で済ませられる先生はおかしいとは思いますが、敵の情報を流してるわけではないですから、警戒する必要なんてありませんよ」

 

「お見通しね……まぁ、それくらい分からなきゃ達也くんじゃないか……」

 

 

 遥が響子のような事を言ったので、達也は苦笑した。だが遥は達也が苦笑した理由が分からず首を傾げる。遥自身としては、おかしなことを言ったつもりは無いのだ。

 

「何かおかしなことを言ったかしら?」

 

「いえ、知り合いに似たような事を言われた事があるので、その人と遥さんが重なって見えた自分に苦笑しただけです」

 

「知り合い……? まさか、エレクトロン・ソーサリス?」

 

「えぇ。遥さんがライバル視している響子さんです」

 

「あの女と同じような事を言うなんて……」

 

 

 遥が響子を敵視している事は達也も知っている。そもそも遥と響子とでは能力に差があり過ぎるので敵視するだけ無駄だと遥自身も分かっているのだが、どうしても素直に響子の事を受け容れられないのだ。

 

「一度くらいエレクトロン・ソーサリスに勝ってみたいのよね……」

 

 

 向けられた視線から、達也が呆れている事を感じ取った遥は、誤魔化すようにそう呟いた。現状、響子は達也の正式な婚約者で、自分は愛人という立場。そこだけ見ても響子に負けているので、遥は必要以上に意識しているのだろう。

 

「隠形の腕では遥さんの方が上なんですから、気にしなくても良いんじゃないですか?」

 

「私にはこれしかないって、達也くんだって知ってるでしょ! 自分の得意分野で負ける程、私だって落ちぶれてないわよ!」

 

「カウンセラーとして来ているのでしたら、少し図星を突かれた程度で大声を出すのはどうかと思いますが」

 

「ぐっ! 反論出来ない……」

 

 

 自分の仕事を思い出さされ、遥は力なく肩を落とし部屋に戻っていった。達也も遥を見送ってから、肩を竦めて部屋へと戻っていくのだった。




本編九校戦では運び屋だったし……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。