劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼も実力者ではあるんですが……


幹比古への策

 九校戦、二日目の朝。達也は早朝から深雪と雫、そして幹比古が使うCADの最終調整に勤しんでいた。

 

「おはよう、達也。相変わらず早いね」

 

「おはよう。幹比古も、何時もこの時間か?」

 

「早朝訓練とかあるから、だいたいはこの時間かな」

 

 

 控室に顔を出した幹比古と朝の挨拶を交わしながらも、達也の手は止まらない。本格的な調整なら話しながらするなどしないのだが、今回はあくまでも最終調整。その日の体調に合わせて微調整を施すだけなので、そこまで集中しなくても達也なら問題なく出来るのである。

 

「まさか僕が個人戦に参加する事になるなんて、入学した時には考えもしなかったよ」

 

「そういえば去年も、モノリス・コードとスティープルチェース・クロスカントリーだったから、個人戦という意味では初めてか」

 

「スティープルチェース・クロスカントリーはあくまでも個人の勝負だったけど、あれだけ大勢で一斉にスタートしたら、個人戦って感じではなかったからね」

 

 

 ある意味全員強制参加だったので、あれを個人戦と位置付けるのは難しいのは達也にも分かっている。ましてや幹比古は達也と同じく、入学時は二科生で、九校戦になど縁遠い存在だったのだ。それを考えれば、幹比古の身体に不要な力が篭っていても仕方がないとさえ思えてきた。だが、何時までも緊張されていては試合に影響するので、達也はその事を指摘する事にした。

 

「初めての個人戦で緊張しているのは良いが、そろそろ落ち着いてくれ」

 

「落ち着く……? 僕は緊張していたのか」

 

 

 達也に指摘されて漸く、幹比古は自分が緊張していた事に気が付いた。初戦から将輝と当たる――などという事は無かったのだが、それでも緊張するには十分だったのだろう。

 

「吉田君は大勢の前で何かをする事になれていないんですね」

 

「ま、まぁそういう事です……」

 

 

 控室には当然、深雪と雫もいる。幹比古もその事は認識していたのだが、急に深雪に声をかけられ、彼は別の意味で硬直してしまった。

 

「(幾ら緊張していたからと言って、深雪さんや北山さんの存在を忘れていたなんて……)」

 

 

 常に周りに気を配っているつもりだった幹比古からしてみれば、この失態はそれなりにショックを受ける事だ。だが何時までも引きずるような程でもないので、彼はすぐに気持ちを切り替え、達也が調整を行っているモニターを覗き込んだ。

 

「相変わらず作業速度が速いね」

 

「そうか?」

 

「僕は調整とかあまり詳しくないんだけど、別のエンジニアが調整をしてるところも見させてもらった事があるから、やっぱり達也の速度は凄いんだって思うよ」

 

「そうだね。ウチにも何人か技術者がいるけど、達也さん程速く出来る人はいない」

 

「私は最初から達也様に担当してもらっているので、他の方がどの程度なのかはよく分かりませんが、達也様が凄いという事は理解しています」

 

 

 幹比古だけなら兎も角、雫と深雪も褒め始めたので、達也は無理に否定はせずに作業に集中する事にした。ここで下手に否定でもすれば、深雪と雫がムキになって自分の事を褒め始めるのが分かっていたから、何も言わなかったのだ。決して自分の腕を過信しての事ではないという事は、幹比古にも十分伝わっている。

 

「それにしても達也、本当にこんなことが出来るのかい?」

 

「それは幹比古の腕次第だな。そもそも、練習期間には成功したと聞いているが」

 

「五回に一回のペースでしか出来なかったけどね。僕は達也と違って桁違いの想子を保有しているわけじゃないから、一度に十二ヵ所同時に魔法を発動させるなんて芸当、簡単に出来るわけないって」

 

 

 達也が対一条の為に授けた作戦は、一瞬で相手の氷柱を破壊してしまう事だった。対戦相手の一条が得意とする『爆裂』は、この競技に最も適している魔法であり、少しでも時間をかければあっという間に自陣の氷柱が破壊されてしまう。だから達也は幹比古に、守るのではなく攻めるべきだと言い、その策として一度に十二発同時の雷童子を発生させ敵陣の氷柱を破壊する事を提案した。

 

「達也様なら難なくできるかもしれませんが、吉田君は一度に何発も魔法を同時発動させることに慣れていないのですから、少し無謀ではありませんか?」

 

「幹比古の能力なら問題なく出来ると判断しての作戦だ。それに幹比古だって、無様に負けるつもりなど無いのだろう?」

 

 

 幹比古を心配するようなふりをして、その実幹比古を挑発して奮起させようとする深雪に倣って、達也も幹比古にプレッシャーを与えるような言い回しと視線を幹比古に向ける。二人の意図を把握した幹比古は、苦笑気味に顔を引きつらせながらも、不思議と身体に入っていた力を抜く事が出来た。

 

「二人とも、人を焚きつけるのが上手すぎ」

 

「そうかしら? 雫だって似たような事出来るんじゃない?」

 

「私はそこまで言わないし、私が何かを言うよりも美月を連れてきた方が早い」

 

「それもそうかもしれないわね」

 

 

 彼女である美月から期待されれば、幹比古が奮起する事は間違いない。深雪はその事を失念していたと、少し悔しげな笑みを浮かべながらも、目は楽しそうに笑っている。

 そんな二人の少女のやり取りを見ながら、幹比古は弄ばれていると感じたが、この場に自分の味方はいないので反論は諦め試合に向けて集中力を高める事に努めたのだった。




簡単に煽られるのはどうかと思う……

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